相川宗次郎
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埼玉県・先代宗次郎の長男[3][9]。1914年、家督を相続し、前名幾太郎を改め襲名する[3]。米穀商を営む[3][7]。
1921年、浦和町会議員に当選する[2]。1925年、浦和町助役[2]。浦和市会議員時代には市会議長に選ばれた[2]。1938年9月に浦和市長に就任し、1942年9月に退任した[2]。
戦争中は大政翼賛会の支部長だったため、戦後に公職追放となった[1]。
また浦和商工会長[8]、相川精麦取締役[3][9]、浦和商業銀行監査役[7]、埼玉県食糧営団理事長[5]、埼玉県中小企業団体中央会会長[1]、全国食糧事業協組連理事[10]などをつとめる。
1971年、浦和市名誉市民に推挙され、2001年にさいたま市名誉市民として自動的に顕彰が継承される[4]。1978年11月28日、心不全のため死去した[5]。墓所は岸町神葬霊園。