相良寺
熊本県山鹿市にある天台宗の寺院
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相良寺(あいらじ)は、熊本県山鹿市菊鹿町相良にある天台宗の寺院。九州四十九院薬師霊場第31番札所。肥後西国観音霊場第33番札所。山鹿三十三観音霊場第33番札所。通称は相良観音。
| 相良寺 | |
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| 所在地 | 熊本県山鹿市菊鹿町相良370 |
| 位置 | 北緯33度4分19.6秒 東経130度46分11.4秒 |
| 山号 | 吾平山 |
| 宗旨 | 天台宗 |
| 本尊 | 千手観音坐像 |
| 創建年 | (伝)弘仁5年(814年) |
| 開山 | (伝)最澄または俊芿 |
| 正式名 | 吾平山 医王院 相良寺 |
| 別称 | 相良観音 |
| 札所等 | 九州四十九院薬師霊場第31番札所、肥後西国観音霊場第33番札所、山鹿三十三観音霊場第33番札所 |
| 公式サイト | <相良観音>相良寺オフィシャルページ |
| 法人番号 | 7330005003272 |
歴史
比叡山延暦寺の末寺で、弘仁5年(814年)、伝教大師最澄の開基と伝えられるが、開基は肥後出身の僧・俊芿との説もある[1]。
朱雀天皇の時[2]、あるいは、後朱雀天皇の時[3][4]というが、皇后の安産祈願のため勅使が下向し、この寺に参籠したところ、無事に皇子が誕生したと伝えられ[5]、安産や子育てに霊験があるとされる。
治承・寿永の乱(源平合戦)の際、平氏方であった菊池隆直の兵が相良の地に籠もり、これを攻めた源氏方の緒方惟栄が寺を焼き討ちにしたため、本堂や多くの坊舎を焼失した。 寺の付近に自生する天然記念物アイラトビカズラの名は、寺が焼き討ちにあった際、千手観音がカズラに飛び移ったという伝説に由来する。
正平年間、菊池武光が寺を再興。以後、菊池氏歴代の帰依を受け、菊池氏没落後は国人・隈部氏の信仰を受けた。
現在の本尊は、室町時代後期の作で、山鹿市指定文化財となっている丈六坐像の千手観音像。高さ約3.4メートル、檜の寄木造りで、永正14年(1517年)作の胎内銘がある。木彫座像としては国内最大である。 なお、この観音像は生首を提げているが、緒方惟栄が寺に火をかけたことを怒り、惟栄の首を取ったものと伝えられる。
行事
- 1月1日 新年祈願会
- 2月節分当日 星祭節分会
- 3月15~18日 春季大祭
- 4月8日 花祭り
- 7月10日 四万六千日祈願祭
- 毎月18日 観音縁日
所在地
- 熊本県山鹿市菊鹿町相良370
