相良寺

熊本県山鹿市にある天台宗の寺院 From Wikipedia, the free encyclopedia

相良寺(あいらじ)は、熊本県山鹿市菊鹿町相良にある天台宗の寺院。九州四十九院薬師霊場第31番札所。肥後西国観音霊場第33番札所。山鹿三十三観音霊場第33番札所。通称は相良観音

所在地 熊本県山鹿市菊鹿町相良370
位置 北緯33度4分19.6秒 東経130度46分11.4秒
山号 吾平山
宗旨 天台宗
概要 相良寺, 所在地 ...
相良寺
所在地 熊本県山鹿市菊鹿町相良370
位置 北緯33度4分19.6秒 東経130度46分11.4秒
山号 吾平山
宗旨 天台宗
本尊 千手観音坐像
創建年 (伝)弘仁5年(814年
開山 (伝)最澄または俊芿
正式名 吾平山 医王院 相良寺
別称 相良観音
札所等 九州四十九院薬師霊場第31番札所、肥後西国観音霊場第33番札所、山鹿三十三観音霊場第33番札所
公式サイト <相良観音>相良寺オフィシャルページ
法人番号 7330005003272 ウィキデータを編集
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歴史

比叡山延暦寺の末寺で、弘仁5年(814年)、伝教大師最澄の開基と伝えられるが、開基は肥後出身の僧・俊芿との説もある[1]

朱雀天皇の時[2]、あるいは、後朱雀天皇の時[3][4]というが、皇后の安産祈願のため勅使が下向し、この寺に参籠したところ、無事に皇子が誕生したと伝えられ[5]、安産や子育てに霊験があるとされる。

治承・寿永の乱(源平合戦)の際、平氏方であった菊池隆直の兵が相良の地に籠もり、これを攻めた源氏方の緒方惟栄が寺を焼き討ちにしたため、本堂や多くの坊舎を焼失した。 寺の付近に自生する天然記念物アイラトビカズラの名は、寺が焼き討ちにあった際、千手観音カズラに飛び移ったという伝説に由来する。

正平年間、菊池武光が寺を再興。以後、菊池氏歴代の帰依を受け、菊池氏没落後は国人・隈部氏の信仰を受けた。

現在の本尊は、室町時代後期の作で、山鹿市指定文化財となっている丈六坐像の千手観音像。高さ約3.4メートル、檜の寄木造りで、永正14年(1517年)作の胎内銘がある。木彫座像としては国内最大である。 なお、この観音像は生首を提げているが、緒方惟栄が寺に火をかけたことを怒り、惟栄の首を取ったものと伝えられる。

明治に入り廃寺となったが、明治10年(1877年)、再興されて現在に至る。

行事

  • 1月1日 新年祈願会
  • 2月節分当日 星祭節分会
  • 3月15~18日 春季大祭
  • 4月8日 花祭り
  • 7月10日 四万六千日祈願祭
  • 毎月18日 観音縁日

所在地

  • 熊本県山鹿市菊鹿町相良370

交通

注釈

参考文献

外部リンク

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