真浄寺 (文京区)
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位置
北緯35度43分18.7秒 東経139度45分23.9秒 / 北緯35.721861度 東経139.756639度座標: 北緯35度43分18.7秒 東経139度45分23.9秒 / 北緯35.721861度 東経139.756639度
山号
泥洹山
宗派
真宗大谷派
| 真浄寺 | |
|---|---|
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| 所在地 | 東京都文京区向丘2-26-9 |
| 位置 | 北緯35度43分18.7秒 東経139度45分23.9秒 / 北緯35.721861度 東経139.756639度座標: 北緯35度43分18.7秒 東経139度45分23.9秒 / 北緯35.721861度 東経139.756639度 |
| 山号 | 泥洹山 |
| 宗派 | 真宗大谷派 |
| 本尊 | 阿弥陀如来 |
| 創建年 | 慶長18年(1613年) |
| 開山 | 宗閑 |
| 法人番号 | 4010005000379 |
1613年(慶長18年)、宗閑によって開山された。元々は神田連雀町(現・東京都千代田区神田須田町・神田淡路町付近)に位置していたが、1648年(慶安元年)に幕府より御用地として接収されたため、江戸市中を転々とした後、1761年(宝暦11年)に至り、ようやく現在地に移転した[1]。
当寺で特徴的なのは、檀家の過半数がかつての北陸門徒、特に加賀国出身者が多いということである。創建当初の所在地だった連雀町も江戸に移住した北陸出身者の町であった。第3世住職として迎えられた賢国は加賀国小松(現・石川県小松市)の燈明寺の寺族であった。賢国は加賀藩前田家に対し、当寺創建の経緯を説明し、協力を仰いている。近くに加賀藩上屋敷(現東京大学本郷地区キャンパス)があることから、上屋敷内で死亡した門徒も葬られるようになった[1]。