矢沢利彦 From Wikipedia, the free encyclopedia 生誕 1914年2月??日 日本死没 2008年4月11日(2008-04-11)(94歳没)出身校 東京帝国大学研究分野 東洋史矢沢 利彦(やざわ としひこ)人物情報生誕 1914年2月??日 日本死没 2008年4月11日(2008-04-11)(94歳没)出身校 東京帝国大学学問研究分野 東洋史研究機関 埼玉大学、群馬県立女子大学テンプレートを表示 矢沢 利彦(やざわ としひこ、1914年(大正3年)2月[1]- 2008年(平成20年)4月11日)は、日本の東洋学者。 1914年生まれ。旧制山口高等学校を経て、1936年東京帝国大学文学部東洋史学科を卒業。在学中には、加藤繁や和田清の指導を受けた。 卒業後は埼玉大学助教授となり、後に教授昇進。1978年に埼玉大学を定年退官し、名誉教授となった。その後は群馬県立女子大学教授として教鞭をとり、また東洋文庫専任研究員として研究をつづけた。 受賞・栄典 1986年:勲三等旭日中綬章を受章。 没後正四位[2]。 研究内容・業績 近世中国(明清時代)の東西交渉の研究や「喫茶の歴史」が著名で、マテオ・リッチをはじめ、多くの原典史料の訳注解を行った。 著書 『中国と西洋文化』中村書店、1947年 『東西文化交渉史』中村出版社、1957年 『東西文化交渉史』大空社〈アジア学叢書33〉、1997年。復刻版 『中国とキリスト教 典礼問題』近藤出版社〈世界史研究双書11〉、1972年 『国分寺址巡訪 金の巻』泉文社、1979年 『国分寺址巡訪 光明の巻』地人館(すずさわ書店)、2000年 『北京四天主堂物語 もう一つの北京案内記』平河出版社、1987年 『東西お茶交流考 チャは何をもたらしたか』東方書店〈東方選書〉、1989年 『西洋人の見た十六~十八世紀の中国女性』東方書店、1990年 『西洋人の見た中国皇帝』東方書店、1992年 『西洋人の見た十六~十八世紀の中国官僚』東方書店、1993年 『東のお茶 西のお茶』研文出版〈研文選書〉、1995年 『グリーン・ティーとブラック・ティー』汲古書院〈汲古選書〉、1997年 主な訳書 『イエズス会士中国書簡集』 平凡社東洋文庫(全6巻)、1970-1974年。ワイド版2003年 1康煕編、2雍正編、3乾隆編、4社会編、5紀行編、6信仰編 『イエズス会士書簡集 中国の医学と技術』 平凡社東洋文庫、1977年。ワイド版2003年 『イエズス会士書簡集 中国の布教と迫害』 平凡社東洋文庫、1980年。ワイド版2006年 『中国キリスト教布教史』 岩波書店〈大航海時代叢書 第Ⅱ期 8・9巻〉、1982-83年 マテオ・リッチ、アルヴァーロ・セメード「チナ帝国誌」。川名公平と共訳注、解説平川祐弘 『シナ大王国誌』 岩波書店〈大航海時代叢書 第Ⅰ期 6巻〉、1965年 ゴンサーレス・デ・メンドーサ。長南実と共訳注 アドリアン・グレロン 『東西暦法の対立 清朝初期中国史』 平河出版社、1986年 主な校訂 後藤末雄『中国思想のフランス西漸』平凡社東洋文庫 全2巻、1974年。ワイド版2003年 後藤末雄訳『ブーヴェ 康煕帝伝』平凡社東洋文庫、1970年。ワイド版2003年 脚注 [脚注の使い方] ↑ 『現代日本人名録』1987年 ↑ 読売新聞、2008年5月10日、叙勲記事。 典拠管理データベース 全般 FAST ISNI VIAF WorldCat 国立図書館 ドイツ アメリカ 日本 学術データベース CiNii Books CiNii Research この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。表示編集 Related Articles