矢野修平
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高鍋高時代は第70回選抜高等学校野球大会にエースとして出場し、準々決勝で館山昌平率いる日大藤沢高等学校と対戦し、自身は5回までノーヒットピッチングを展開するが、結局5回途中で降板し、延長戦で敗れた。同年のドラフト会議で広島東洋カープに3位指名で入団。
140km/h台後半のストレートを武器に3年目の2001年に1軍登板を果たした。
1軍登板でも最速151km/hのストレートを投げるなど、翌年の新人王争いに絡んでくるとも期待されたが、右肩の故障に泣き2004年限りで戦力外通告に。打撃投手に転向後、1年のブランクを経て合同トライアウトを受験するも採用球団はなかった。
その後福岡ソフトバンクホークスのリハビリ担当のトレーナーを務め[1]、2015年1月6日付で退団[2]。