石井三雄

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生年月日 (1931-04-15) 1931年4月15日
没年月日 2021年????
当選回数 3回
石井 三雄
いしい さんゆう
生年月日 (1931-04-15) 1931年4月15日
出生地 東京都狛江市
没年月日 2021年????
東京都狛江市長
当選回数 3回
在任期間 1984年 - 1996年6月
当選回数 4回
在任期間 1971年 - 1984年
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石井 三雄(いしい さんゆう[1]1931年4月15日[1] - 2021年[2])は、日本政治家。元狛江市長(3期)。

市長になるまで

東京都狛江市出身[1]1971年には狛江市議会議員に初当選し、以降4期16年務めた。その間には市議会議長も務めている。そして1984年吉岡金四郎の後を引き継ぎ、市長となった[3]

市長時代

市長時代には小田急電鉄複々線事業によって高架駅舎となるため、当時の市議(後の市長となる)矢野裕は議会で「車椅子利用者のためにエレベーターの設置すべき」という主張に対して、それに賛同して当時エスカレーターの設置で十分という考えだった小田急に対してエレベーター設置を要請した[4]。そのほかの取り組みは狛江駅北口整備、北口地下駐車場整備、災害対策、あいとぴあセンター建設などを積極的に推進した[5][6]。しかしながらその影には市の借金を306億にまで膨れ上がらせてしまい、財政運営は厳しいものになってしまった[7]

バカラ賭博騒動

1996年6月12日、市議会議長高木光に突然、負債整理を理由に辞職願を出した[8]。十数年間韓国に通い、7万円するホテルに泊まり、カジノのVIPルームで1枚14万円もするコインを数十枚も毎回掛けていた。逮捕される年では合計32日韓国に滞在しカジノで6000万円も使ったことで十数億円の負債を抱えてしまった[9][10]。さらには連帯保証人になっていたゴルフ用品、不動産、出版の会社が倒産してしまったためであった[11]。今まであった土地が売り払われ、債権者である暴力団の脅迫に耐え切れなくなり失踪した[12]。それにより一時期市長不在になり、市が住民税などの滞納対策として石井の所有地の一部を差し押さえたり[13]、給与返還を求め住民審査請求を市民クラブが行う事態になった[14]

その後

脚注

関連項目

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