石井広三

日本のボクサー (1977-2012) From Wikipedia, the free encyclopedia

石井 広三(いしい こうぞう、1977年8月15日 - 2012年7月5日)は、日本プロボクサー天熊丸木ボクシングジム所属。第23代OPBF東洋太平洋スーパーバンタム級王者。

身長 162cm
国籍 日本の旗 日本
誕生日 (1977-08-15) 1977年8月15日
概要 基本情報, 階級 ...
石井 広三
基本情報
階級 スーパーバンタム級
身長 162cm
国籍 日本の旗 日本
誕生日 (1977-08-15) 1977年8月15日
出身地 日本の旗 日本
三重県桑名郡木曽岬町
死没日 (2012-07-05) 2012年7月5日(34歳没)
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 35
勝ち 31
KO勝ち 21
敗け 4
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来歴

1977年8月15日三重県桑名郡木曽岬町出身。弥富高等学校に野球推薦で入学も、上下関係が合わず1年で中退。野球部同期生に的場寛壱渡辺博がいる。実家の建築業を手伝いながら辰吉丈一郎に憧れボクシングを志す。天熊丸木ボクシングジムへ入門し、1995年7月15日、デビュー戦。岡田孝生を2回KOで退けフェザー級でデビューを飾る。

1996年11月2日、7勝3KOの成績で中部代表として西部新人王パンサー柳田と争うも、6回判定で敗れ西軍代表戦進出はならなかった。その後14連勝11KOと連勝街道を進み、 1999年8月8日、愛知県体育館にて、レイナンテ・ハミリが返上し空位のOPBF東洋太平洋スーパーバンタム級王者決定戦に出場。ディノ・オリベッティを初回KOで倒し戴冠。東海地方のジム所属初の東洋王者となった。

1999年11月21日、東洋タイトルを返上し名古屋市総合体育館WBA世界スーパーバンタム級王者ネストール・ガルサに挑戦。ダウン寸前まで追い込み、11回終了時点の採点では1-1イーブンで、12回を取ればタイトル奪取だったが、最終12回に果敢な攻撃戦法を取るも、ガルサに逆転のTKOで敗れ戴冠ならず。この試合は1999年の年間最高試合に選ばれた(プロ・アマチュア年間表彰の項を参照)。

ガルサ戦以後は2連勝で再度の世界挑戦をと意気込み、WBA世界スーパーバンタム級暫定王者アントニオ・セルメニョに挑戦する予定だったが、セルメニョが刑事事件で逮捕され、来日不能となったために設けられた暫定王者決定戦を2000年11月23日、ヨベル・オルテガと争うも腰の疲労骨折の影響もあってか、11回TKOで敗れ戴冠ならず。

2003年9月7日、その後8連勝でWBC世界スーパーバンタム級王者オスカー・ラリオスに名古屋市総合体育館で挑戦も2回TKOで敗れタイトル奪取ならず。翌年日本王者中島吉謙に挑戦予定も椎間板ヘルニアにより出場できず引退を表明。

引退後は所属していた天熊丸木ボクシングジムでトレーナー経験を積み、桑名市でKOZO BOXING FITNESS GYMを独立開設し後進の育成に努めていたが、2012年7月5日急逝。関係者によれば死因は交通事故という[1]34歳没

10歳の時に自らのジムに入門し、指導していた中谷潤人M.T)が2020年11月6日、世界ボクシング機構|WBOフライ級世界王者となり、生前の石井が果たせなかった世界王座の夢を実現させることとなった[2]

戦績

  • プロボクシング:35戦31勝(21KO)4敗
さらに見る 戦, 日付 ...
日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
11995年7月15日2RKO岡田孝生(岡崎)日本の旗 日本
21995年11月12日1RTKO古賀敦史(緑)日本の旗 日本
31995年12月16日4R判定3-0小川裕一(陽光アダチ)日本の旗 日本
41996年2月11日4R判定大浦修(安城緑)日本の旗 日本
51996年6月1日2RKO田作篤史(カシミ)日本の旗 日本
61996年8月4日4R判定3-0水野友幸(岐阜ヨコゼキ)日本の旗 日本
71996年8月31日6R判定3-0中山義久(平石)日本の旗 日本中日本新人王獲得
81996年11月2日6R判定1-2パンサー柳田(福岡帝拳)日本の旗 日本全日本新人王敗退
91997年2月8日3RTKO宇治橋史晃(久留米櫛間)日本の旗 日本
101997年4月20日8R判定3-0堀江幸一(久留米櫛間)日本の旗 日本
111997年6月7日1RKOファニート・ボーイ・クマフィリピンの旗 フィリピン
121997年7月19日3RTKOジョエル・フニオフィリピンの旗 フィリピン
131997年11月20日1RTKOアン・ヨンジン大韓民国の旗 韓国
141998年1月31日6RTKOホン・ソンピョ大韓民国の旗 韓国
151998年3月22日5RKOオ・ジャンギュ大韓民国の旗 韓国
161998年6月9日10R判定3-0イ・ヨンフン大韓民国の旗 韓国
171998年8月21日3RKOビムボイ・ルエゴフィリピンの旗 フィリピン
181998年10月25日3RTKOチョン・ヤングン大韓民国の旗 韓国
191998年12月23日4RKOジェイク・カルテフィリピンの旗 フィリピン
201999年3月23日2RTKOシン・パルマン大韓民国の旗 韓国
211999年5月4日10R判定3-0トニー・ベルナレスフィリピンの旗 フィリピン
221999年8月8日1RTKOディノ・オリベッティフィリピンの旗 フィリピンOPBF東洋太平洋スーパーバンタム級王座獲得
231999年11月21日12RTKOネストール・ガルサメキシコの旗 メキシコWBA世界スーパーバンタム級王座挑戦
242000年3月12日1RKOホルヘ・モルアメキシコの旗 メキシコ
252000年7月1日10RTKOヒノ・キャットドーボーウボンタイ王国の旗 タイ
262000年11月23日11RTKOヨベル・オルテガベネズエラの旗 ベネズエラWBA世界スーパーバンタム級暫定王座挑戦
272001年4月22日2RKOスクサワディ・キャットチャイヨンタイ王国の旗 タイ
282001年8月1日6RKOフランキー・マムアヤインドネシアの旗 インドネシア
292001年11月25日10R判定3-0サオヒン・シリタイコンドータイ王国の旗 タイ
302002年3月16日5RKOパク・キョンチョル大韓民国の旗 韓国
312002年6月9日1RKOサムエル・ベントゥーラメキシコの旗 メキシコ
322002年10月14日10R判定3-0ウィチット・チュワタナタイ王国の旗 タイ
332002年12月12日2RKOウィラチャイ・チュワタナタイ王国の旗 タイ
342003年4月27日10R判定3-0マイケル・ドミンゴフィリピンの旗 フィリピン
352003年9月7日2RTKOオスカー・ラリオスメキシコの旗 メキシコWBC世界スーパーバンタム級王座挑戦
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関連項目

脚註

外部リンク

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