石井徹也
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東京都港区白金台町生まれ。麻布高校在学中の17歳から落語を聞き始める。早稲田大学中退[2]。大学在学中は落語研究会に所属[3]。
1981年より放送作家となり、宝塚歌劇、落語についての評論を執筆する。またテレビ番組の構成や脚本などを多く手掛ける。
2024年3月21日、死去。67歳没。訃報は同じ事務所に所属する放送作家の和田尚久が同月29日に自身のX(旧Twitter)にて明らかにした[4]。
2024年8月4日、下谷神社会館での「柳噺研究会(第30回)」は、柳家小さん(5代目)を顕彰する目的で会を立ち上げたメンバーのひとり石井を偲ぶ会として開催され、一部出演者による座談会が行われた。出演は柳家さん遊・五街道雲助・柳家小里ん・柳家小菊・桃月庵ぼんぼり。会の企画運営は橘右橘[5]。
構成を担当した番組
- 『森田一義アワー 笑っていいとも!』
- 『ひょうきん予備校』(「石井トチモチ徹也」名義)
- 『知ってるつもり?!』
- 『もっと過激にパラダイス』