石井誠二
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中学卒業後、10代の頃は本人曰く「悪さばかりしていて、このままだと前科が付いちゃう」という状態だったが、知人の勧めから1963年、21歳で北海道に渡る[4]。北海道では行商、工員、バーテンダーなど職を転々とした後、25歳のときに養鶏場に就職して5年ほど勤めるが、その勤務先が解散してしまう[4]。
1973年、札幌市に「つぼ八」1号店となる琴似店(現存せず)を出店。元々養鶏場に勤務し、納品の際に調理場にも出入りしていたため、鶏肉料理の原価構成や調理方法を一通り知っており、商売として旨味があるという判断だった[4]。同年秋の第一次オイルショックが店にとっては追い風となり、一気に売上が伸びる。1977年には札幌の大通に進出し、翌1978年からはフランチャイズ展開も開始。1982年には伊藤萬との合弁で運営会社の「株式会社つぼ八」を設立し社長に就任した。「つぼ八」は当時の洋風居酒屋ブームにも支えられ急成長を遂げたが、1987年には伊藤萬との経営方針の違いから社長を解任される[3](実質的には伊藤萬による会社乗っ取りだったと評されている)。
1989年、石井は東京都大田区(梅屋敷駅前)に居酒屋「八百八町」を開店し再起を図る。以後は「八百八町」を中心としたチェーン展開で年商60億円超のビジネスに発展し、再び経営者として表舞台に立った[3]。2008年には「八百八町」の社長の座を譲り同社会長となる。しかし2013年にその「八百八町」を同業のsubLimeに売却[5]。以後は体調の問題もあり、実業家としては一線を退いた状態となった。