梅屋敷駅 (東京都)
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駅名の由来
駅構造
相対式ホーム2面2線の高架駅である。ホームは薄いピンク色の壁面になっており、一部に駅名に因んで梅のイラストがあしらわれている。
のりば
| 番線 | 路線 | 方向 | 行先 |
|---|---|---|---|
| 1 | 下り | ||
| 2 | 上り | 品川・新橋方面 |
駅簡易自動放送は、1番線が関根正明、2番線が大原さやかが担当している。
- 改札口(2016年8月)
- ホーム(2016年8月)
接近メロディ
2012年4月9日から同年10月21日まで、大田区を舞台にしたNHKの連続テレビ小説『梅ちゃん先生』の主題歌である、SMAPの『さかさまの空』をアレンジしたものを接近メロディとして使用していた[5][10]。メロディはスイッチの制作で、編曲は塩塚博が手掛けた[11]。現在は独自メロディなしの駅と同じく6つのレントラー舞曲が使用されている。
連続立体交差事業
2010年5月16日に上り線を高架化した際は新・下り線用のホームを一時的に使用し、線路上に仮設ホームを設置していたが、2012年10月21日の下り線高架化により撤去されて新・下り線用ホームとなり、新・上り線は既に躯体が完成しているホームを使用することになった。
高架化前の地上駅時代は、駅両端に踏切がある関係でホームの有効長が4両分であった。1982年4月に6両編成の普通列車が登場すると京急蒲田側に2両はみ出して停車せざるを得なくなったので、当駅ではドアが開かない「ドアカット」を実施していた[12]。2007年11月頃より6両で組成される編成[13]のうち京急蒲田側2両のドアに当駅でドアが開かない旨を喚起する表示ステッカーの貼付が順次行われていった。なお、上りホームは高架化によって有効長が6両分とされたため、ドアカットは行われなくなった。上りホームにおいてすべてのドアが開閉されることで、その喚起表示に「下り方面」の表記が付加された。ドアカット部の最も浦賀寄りには乗務員が安全確認を行うため、業務用の小さいホームが設置されていた[14]。
地上駅時代は上りホームに西口、下りホームに東口があり、各ホーム間を連絡する跨線橋などはなく、改札内でのホームの行き来はできなかった。上り線の高架化後は、下りホーム側に上りホームへと連絡する階段やエレベーター、エスカレーターを設置したことで改札内でのホーム間行き来が可能になった。高架時に旧上りホームにあった西口は一旦閉鎖されたが、2012年5月13日から上りホームが本来の位置に移設したために再度西口が開設された。西口の再開設に伴い、地平の下りホームと高架の上りホームを連絡する階段・エレベーター・エスカレーターは閉鎖され、再度改札内のホームの行き来は不可能になっていた。
高架化工事が2012年10月に完成し、ホーム長113m(6両編成対応)の相対式ホーム2面2線を有する高架駅となった。2013年には上下線の改札口が統合され、再び改札内のホームの行き来が可能になった。下り本線は南隣の京急蒲田駅下りホームが3階部分に設置されているため、当駅の先で上り勾配が始まる。
2024年2月10日より、当駅1番線、2番線のホームドアの運用が開始された。
本線平和島駅 - 六郷土手駅間と空港線京急蒲田駅 - 大鳥居駅間の連続立体交差事業は2017年3月で全て完了した[15]。なお、駅前にはタクシー乗降も可能な最大幅員13mの関連側道が整備された。
高架化事業のために取得した用地を使い、京急は2020年秋、駅近くに3階建て女性専用シェアハウス「(仮称)梅屋敷シェア」を開設する予定と発表していた[16]。その後、2020年11月に「プライムコネクトkamata 北」として開設している[17]。
地上駅時代・高架化工事の様子
- 東口旧駅舎(2005年9月4日)
- 西口(2007年10月6日)
- 上りホーム浦賀方にあった業務用ホーム(1988年8月)
- 上り2番線仮設ホーム(2010年8月8日)
- 高架化工事中の東口(2010年10月21日)
利用状況
2024年(令和6年)度の1日平均乗降人員は16,426人で[京急 1]、京急線全72駅中43位。
近年の1日平均乗降・乗車人員の推移は下表の通り。
| 年度 | 1日平均 乗降人員[19] |
1日平均 乗車人員[20] |
出典 |
|---|---|---|---|
| 1990年(平成2年) | 8,274 | [* 1] | |
| 1991年(平成3年) | 8,235 | [* 2] | |
| 1992年(平成4年) | 8,247 | [* 3] | |
| 1993年(平成5年) | 8,230 | [* 4] | |
| 1994年(平成6年) | 8,167 | [* 5] | |
| 1995年(平成7年) | 8,003 | [* 6] | |
| 1996年(平成8年) | 7,740 | [* 7] | |
| 1997年(平成9年) | 7,518 | [* 8] | |
| 1998年(平成10年) | 7,416 | [* 9] | |
| 1999年(平成11年) | 7,161 | [* 10] | |
| 2000年(平成12年) | 7,022 | [* 11] | |
| 2001年(平成13年) | 7,016 | [* 12] | |
| 2002年(平成14年) | 6,899 | [* 13] | |
| 2003年(平成15年) | 14,059 | 6,833 | [* 14] |
| 2004年(平成16年) | 13,868 | 6,732 | [* 15] |
| 2005年(平成17年) | 13,793 | 6,685 | [* 16] |
| 2006年(平成18年) | 13,845 | 6,704 | [* 17] |
| 2007年(平成19年) | 14,017 | 6,869 | [* 18] |
| 2008年(平成20年) | 13,745 | 6,860 | [* 19] |
| 2009年(平成21年) | 13,625 | 6,795 | [* 20] |
| 2010年(平成22年) | 13,544 | 6,753 | [* 21] |
| 2011年(平成23年) | 13,542 | 6,743 | [* 22] |
| 2012年(平成24年) | 14,149 | 7,041 | [* 23] |
| 2013年(平成25年) | 14,659 | 7,285 | [* 24] |
| 2014年(平成26年) | 14,933 | 7,430 | [* 25] |
| 2015年(平成27年) | 15,188 | 7,555 | [* 26] |
| 2016年(平成28年) | 15,355 | 7,655 | [* 27] |
| 2017年(平成29年) | 15,879 | 7,912 | [* 28] |
| 2018年(平成30年) | 16,438 | 8,175 | [* 29] |
| 2019年(令和元年) | 16,504 | 8,189 | [* 30] |
| 2020年(令和2年) | [京急 2]12,616 | ||
| 2021年(令和3年) | [京急 3]13,486 | ||
| 2022年(令和4年) | [京急 4]14,545 | ||
| 2023年(令和5年) | [京急 5]15,634 | ||
| 2024年(令和6年) | [京急 1]16,426 |
