石切山脈
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歴史
約6000万年前に地下深くでマグマが固まって形成された。
江戸期から採掘はなされていたが、交通アクセスに乏しく地方への流出はほとんどなかった[2]。
本格的な開発は1888~89年に小豆島から移住した有力者らが採掘権を獲得したことにはじまるとされ[4]、1897年から本格化、1899年には「中野組」による大規模採掘がはじまった[5][6]。
水戸鉄道(現・JR水戸線)のルート上に置かれたことから当初から鉄道での輸送展望を描いており、1887年からは藤原与太郎により水戸鉄道へ資材が提供されている。1889年の開業時には稲田に駅は設けられなかったものの、鍋島彦七郎が土地を買収して水戸鉄道に無償提供したことで、1897年に貨物駅として稲田駅が開業、積み出し駅となった(羽黒駅でも大貫亀吉によって同様の整備がなされている)[7]。鍋島は同時にトロッコなどの積み出し設備も整備した。
→詳細は「茨城県の石材用手押軌道群 § 稲田軌道」、および「羽黒軌道」を参照
東京からのアクセスの良さ故に1904年の市電拡充、1923年の震災などでは多くの積み出しで賑わい、三井本館や国会議事堂など都心の主要建造物にも多く用いられた[4]。
羽黒駅では1970年に、稲田駅では1984年に貨物扱いが廃止され[8]、その後規模を縮小しながらも、石切山脈では2025年現在まで採掘が続けられている。2020年時点でも年間約1万4千トンを採石し、全国シェアの7~8割を占めている[1]。
