石姫皇女 日本の皇族 From Wikipedia, the free encyclopedia 石姫 皇女(いしひめ の ひめみこ/いしひめ の おうじょ[1]、生没年不詳)は、日本の第29代天皇・欽明天皇の皇后。『古事記』には石比売命(いしひめのみこと)とある。 皇后 欽明天皇元年1月15日(540年2月8日)皇太后 敏達天皇元年4月3日(572年4月30日)誕生 不明崩御 不明概要 石姫皇女, 第29代天皇后 ...石姫皇女第29代天皇后皇后 欽明天皇元年1月15日(540年2月8日)皇太后 敏達天皇元年4月3日(572年4月30日)誕生 不明崩御 不明陵所 磯長原陵(大阪府南河内郡太子町大字太子)諱 石姫/石比売命父親 宣化天皇母親 橘仲皇女(仁賢天皇皇女・雄略天皇外孫)配偶者 欽明天皇子女 箭田珠勝大兄皇子敏達天皇笠縫皇女テンプレートを表示閉じる 父は宣化天皇、母は橘仲皇女(仁賢天皇皇女・雄略天皇外孫)。敏達天皇の母。 経歴 同母妹の小石姫皇女(記のみ)・倉稚綾姫皇女・日影皇女(以上紀のみ)と共に欽明天皇の妃となった。欽明天皇元年1月15日(540年2月8日)に欽明天皇の皇后に立てられた。敏達天皇元年4月3日(572年4月30日)、息子敏達天皇の即位と同日に皇太后に立てられた。 系譜 父:宣化天皇 母:橘仲皇女(仁賢天皇皇女・雄略天皇外孫) 同母兄弟:小石姫皇女・倉稚綾姫皇女・日影皇女・上殖葉皇子・某(夭逝、男女不明) 夫:欽明天皇 子:箭田珠勝大兄皇子・敏達天皇・笠縫皇女 陵 敏達天皇 河内磯長中尾陵・石姫皇女 磯長原陵(大阪府南河内郡太子町) 陵(みささぎ)は、宮内庁により大阪府南河内郡太子町大字太子にある磯長原陵(しながのはらのみささぎ)に治定されている。子の敏達天皇との合葬陵で、宮内庁上の形式は前方後円。遺跡名は「太子西山古墳」で、墳丘長113メートルの前方後円墳である。 石姫皇女の崩御年は不明であるが、『日本書紀』では崇峻天皇4年(591年?)4月に石姫皇女の墓に敏達天皇が追葬されたとし、その陵号を「磯長陵」とする[2]。『延喜式』諸陵寮では石姫皇女墓は遠墓の「磯長原墓」として記載され、河内国石川郡敏達天皇陵内の所在で、守戸3烟を毎年あてるとする[2]。 参考文献 『国史大辞典』吉川弘文館。 川副武胤 「石姫皇女」、石田茂輔 「磯長原陵」(石姫皇女項目内)、石田茂輔 「河内磯長中尾陵」(敏達天皇項目内)。 脚注 [脚注の使い方]出典 [1]石姫皇女(国史). [2]河内磯長中尾陵(国史). 関連項目 石神社 (柏原市) - 大阪府柏原市にある神社。石姫皇女を主祭神として祀っている。この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集この項目は、日本の皇室、皇族に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(Category:日本の皇族)。表示編集 Related Articles