石川賢 (1981年生の投手)

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1981-06-01) 1981年6月1日(44歳)
身長
体重
183 cm
98 kg
石川 賢
2009年8月24日(西武第二球場)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 北海道函館市
生年月日 (1981-06-01) 1981年6月1日(44歳)
身長
体重
183 cm
98 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2003年 ドラフト3巡目
初出場 2004年4月25日
最終出場 2006年4月27日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

石川 賢(いしかわ さとる、1981年6月1日 - )は、北海道函館市出身の元プロ野球選手投手)。

プロ入り前

函館市立金堀小学校(現在は廃校)時代に、函館人見スポーツ少年団で野球を始める。函館市立的場中学校(現在は廃校)から北海道函館工業高等学校に進学すると、1年秋に全道大会に出場[1]

八戸大学に進学すると、主に抑えとして同期の川島亮らと共に、同校初の大学選手権出場とベスト8進出に貢献したが延長10回サヨナラ負け。

2003年のドラフト中日ドラゴンズから3巡目で指名。

中日時代

2004年は、一軍で9試合に登板した。

2005年は、主に二軍で登板した。ウエスタン・リーグ公式戦では、33試合に登板し、4勝2敗、防御率は4.31だった[2]

2006年も、主に二軍で登板。27試合で、2勝2敗、防御率は2.84だった[3]

2007年は、二軍のみの登板。11試合で、0勝0敗、防御率は7.30だった[4]。オフ、戦力外通告を受けた[5]。その後12球団合同トライアウトを受け、東北楽天ゴールデンイーグルスが獲得した。楽天でチームメイトとなった青山浩二は、同じ高校と大学の2年後輩である[6]

楽天時代

2008年は、イースタン・リーグ公式戦で、23試合に登板。0勝0敗で、防御率は4.85だった[7]

2009年は、二軍で33試合に登板。0勝5敗で、防御率は3.60だった[8]

2010年は、二軍で22試合に登板。1勝2敗で、防御率は6.55だった[9]

楽天移籍後は2008年から3年連続で一軍での登板を果たせず、2010年10月1日付で戦力外通告を受け、現役を引退。

現役引退後

引退後は、二軍サブマネージャー兼用具担当として楽天球団に引き続き在籍[10]

選手としての特徴

150km近いストレートを持ち、将来のストッパー候補と目されていた。

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2004 中日 90000000------5311.21306103101096.941.63
2005 200000000----71.1310001002213.502.25
2006 100000000----92.030000010114.501.50
通算:3年 1200000000----6915.019161042013127.201.67

記録

背番号

  • 28 (2004年 - 2005年)
  • 58 (2006年 - 2007年)
  • 60 (2008年 - 2010年)

登場曲

脚注

関連項目

外部リンク

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