石澤顕
日本の実業家、報道記者
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来歴・人物
福岡県出身[2]。父はRKB毎日放送(TBS系列)の技術者だった[3][4]。
1980年(昭和55年)4月に日本テレビ放送網に入社。報道局社会部に配属され、警視庁、法務省、労働省などを担当し、警視庁記者クラブサブキャップを務める[5]。
1987年(昭和62年)9月に内臓疾患の手術を受けた昭和天皇の病状推移を受け、日本テレビが“昭和最後の日”を見据えた報道体制強化のため、1月に宮内庁担当記者となり、1989年(昭和64年)1月7日の昭和天皇崩御までの一連の出来事の取材・報道を担当する[5]。
1989年(平成元年)7月の参議院選挙以降の開票速報番組ではプロデューサーを務め、系列局と連携して、日本初となる出口調査やL字型画面[6]などを相次いで導入した[4]。
2002年(平成14年)に報道局政治部長、翌年に編成局チーフ・プロデューサーとなり、その後は編成局長、執行役員、常務取締役、専務取締役などに就く[1]。
社長就任
2022年(令和4年)6月29日付で日本テレビホールディングス及び日本テレビ放送網代表取締役社長・執行役員に就任した[1][2]。2023年春には、朝のワイドショー『スッキリ』と関東ローカルのブランチタイム番組『バゲット』を終了させて新しいワイドショー番組『DayDay.』を立ち上げた。
2025年4月に、日本テレビ系列の基幹局である札幌テレビ放送・中京テレビ放送・讀賣テレビ放送・福岡放送の4社が共同で放送持株会社読売中京FSホールディングスを設立、その代表取締役社長に就任するのに伴い、2024年12月31日をもって日本テレビホールディングス及び日本テレビの代表を辞し、翌2025年1月1日付で日本テレビホールディングス取締役副会長に就任。両社の後任の代表取締役社長には福田博之が昇任する[7]。