石田ゆり
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生い立ち
大阪府池田市生まれ。4人姉妹の末っ子で長姉は石田治子、次姉は石田良子(いしだあゆみ)、三姉の名は石田三恵子。
芸能生活
1968年、梅花高等学校1年修了で宝塚音楽学校に入学。1970年、同校を卒業。同期には小柳ルミ子や麻実れい等がいた。「名月ゆり」の芸名も決まっていたが、宝塚歌劇団への入団を辞退。上京し、芸映に所属。同年9月、シングル「悲しみのアリア」で東芝レコードから歌手デビュー。
シングル4枚とアルバム2枚を発表後、全シングルの作詞を手掛けた、なかにし礼と1971年10月16日に結婚し、芸能界を引退した。挙式の見届け人は児玉誉士夫だった[2]。引退後は1978年のテレビドラマ「ムー一族」などに出演した。なかにしとの間に1男(音楽プロデューサー・中西康夫)、1女がいる。