石田淳也
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愛工大名電高では3年春の選抜高校野球を経験するが出場なし。日本大学に進学。外野手として入部し、1年春にリーグ戦で安打を記録。後に同僚となる岡田幸文(中退)や長野久義と同期であった。4年春に主将となり、投手に転向すると1試合に登板したが秋からは長野に主将を交代した。リーグ通算6試合、打率.250、4打数1安打、0本塁打、0打点。投手では1試合、0勝0敗、2/3回、防御率13.50。
大学卒業後、一般就職したが野球を諦めきれずに2007年11月にNOMOベースボールクラブに入団。小池秀郎コーチらの指導で投手として再出発すると、3年目のびわこ杯2回戦で完封勝利。
2010年10月28日、プロ野球ドラフト会議にて千葉ロッテマリーンズから育成3位指名を受け、2010年12月2日、支度金100万円、年俸240万円で契約した(金額は推定)[1]。
プロ1年目の2011年は、支配下登録はなかったが、12試合に登板。1試合ながら先発も経験するなどし、最終的には0勝1敗1セーブ、防御率3.14の成績を残したが、2012年は登板なしに終わり、10月7日付けで戦力外通告を受けた[2]。引退後は地元で少年野球の指導にあたる。
選手としての特徴・人物
詳細情報
年度別投手成績
- 一軍公式戦出場なし
背番号
- 124 (2011年 - 2012年)