石谷 (岐阜市)
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小字
小字は以下の通り[4]。
- 寺之町(てらのまえ)
- 六反田(ろくたんだ)
- 門田(かどた)
- 壱町田(いっちょうだ)
- 惣作(そうさく)
- 流田(ながれだ)
- 池田(いけだ)
- 山下(やました)
- 二田子(ふたご)
- 北山(きたやま)
- 南山(みなみやま)
歴史
室町時代には、13代将軍足利義輝に仕えた奉公衆の石谷氏の本領があった[5]。
江戸期は石谷村であり、方県郡のうち。「慶長郷牒」はとい塚村とある。はじめ加納藩領、のち幕府領、宝永2年からは高富藩領。「慶長郷牒」「元和領知改帳」「正保郷帳」「天保郷帳」「旧高旧領」ともに村高828石余。神社は八幡神社・諏訪神社・神明神社・御鍬神社、寺院は正源寺・福満寺・長楽寺・東林寺。明治4年岐阜県に所属。「町村略誌」によると戸数88・人口429・馬35、十石積鵜飼形船1艘、物産は穀類のほか菜種・薪など。伊自良川には舟運が盛んで、当村に港があったが明治29年の洪水により川が荒れ、その面影は消えた。同30年稲葉郡方県村の大字となる。
記録不明であるが、鉱山経営の跡が残る。明治後期伊自良川の破堤による被害に耐えかねて北海道への移住が行われた。昭和20年第2次大戦激化とともに、飛行機格納壕作りが始まり、1戸1人が奉仕員を出す。飛行機誘導道路とするために二田子から黒野に通じる県道の拡幅が行われた。昭和40年代後半、団地が造成され、工場が進出するようになる[6][7]。
年表
小・中学校の学区
世帯数と人口
施設
- 石谷公民館
- 大石公民館
- 光団地公民館
- 岐阜方県郵便局
- 石谷公園
- 八幡公園
- 八幡神社
- 福満寺
- 長楽禅寺
- 正源寺
- 東林寺