石部安浩
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- 金光学園中学校2年の時、陸上競技部顧問に声を掛けられて陸上競技(走高跳)を始めた。
- 高校時代、全国高等学校陸上競技対校選手権大会(インターハイ)優勝、国民体育大会(19歳未満)優勝、その後、中央大学へ進学した。入学後の2年間は、膝蓋靭帯炎(ジャンパー膝)の為に競技を中断していたが、大学3年時に競技を再開、その年、1958年には日本陸上競技選手権大会(日本選手権)で準優勝して復活した。中央大学卒業後はリッカーミシンへ進み、1962年にベリーロールで2mを記録、同年、日本選手権で優勝、翌年1963年に現役を引退した。
- 教員としての経歴は、1962年中央大学体育研究助手となって以降、1972年中央大学法学部講師、1976年中央大学法学部助教授、1986年中央大学法学部教授に就任、2008年4月に名誉教授となった。
- 陸上競技指導者としては、1975年4月から中央大学陸上競技部の助監督、1978年4月に監督となり、1995年4月から2008年3月まで副部長を務めた。一方で、1971年4月から日本陸上競技連盟の委員を務め、その後も関東学生陸上競技連盟、日本学生陸上競技連合の各種委員を務めた。その間、1995年8月のユニバーシアード福岡大会では、日本女子監督を務めた。
- 2010年9月29日、北里大学病院にて死去した。
略歴
陸上競技 指導経歴
中央大学 陸上競技部
中央大学外 略歴
- 1971年4月 日本陸上競技連盟法制部委員(~1984年3月)
- 1977年4月 日本陸上競技連盟陸連時報編集委員(~1981年3月)
- 1978年10月 日本陸上競技連盟強化委員(~1982年3月)
- 1980年4月 関東学生陸上競技連盟コーチ(~1982年3月)
- 1990年4月 日本学生陸上競技連合強化委員(~2002年3月)
- 1991年4月 日本陸上競技連盟強化委員/ジュニア部副部長(~1994年3月)
- 1991年7月 国際ジュニア陸上競技大会 日本選手団コーチ、第17回米国東海岸招待陸上競技大会 日本選手団コーチ
- 1993年7月 米国ハワイ州陸上競技選手権大会 日本選手団コーチ、第19回米国東海岸招待陸上競技大会 日本選手団コーチ
- 1995年8月 ユニバーシアード福岡大会 日本女子監督
- 1997年・1998年・1999年 実業団・学生対抗陸上競技大会 学生チーム監督
- 2000年2月 日本学生陸上競技連合オーストラリア遠征 監督
- 2002年4月~ 日本学生陸上競技連合参与
- 2008年4月~ 日本学生陸上競技連合国際委員