石霞渓
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日南町生山地区周辺を中心とし、印賀川にかかる部分を北石霞渓、日野川にかかる部分を中石霞渓、石見川にかかる部分を南石霞渓と呼ぶ。北石霞渓は穏やかな流れで、淵や浅瀬が多いのに対し、南石霞渓は花崗岩を浸食した断崖が差し迫り、数多くの奇岩が見られる。
中でも高さ15mの獅子岩は圧巻で、他に仙人岩、畳岩、桃岩、天狗岩などの奇岩、怪石や、地元の奇譚が伝わるお虎淵などがある[1]。春の桜、初夏のツツジ、秋は紅葉など色とりどりの景色を見せる。
とりわけツツジの種類は多く、キシツツジ、ヤマツツジ、ダイセンミツバツツジが咲く。中石霞渓を形成する山の斜面の一角には、蝙蝠窟とよばれる洞窟があり、キクガシラコウモリの生息が確認されている。
第二類名勝の指定
大正時代、教育者で神官でもあった山上村の内藤岩雄[2]や根雨小学校長の池田茂一郎(鉄州)[3]らが中心となり、景勝地として普及活動を行った。その結果、史蹟名勝天然紀念物保存法に基づき、1932年(昭和7年)2月28日付けの文部省告示第59号により、日野上村生山植松坂上など8カ所が「石霞渓」の名称で第二類名勝の指定を受けた[4][5]。
戦後、史蹟名勝天然紀念物保存法は廃止され、文化財保護法に受け継がれたが、1956年(昭和31年)の同法の改正で、地方公共団体における文化財保護条例等に法令上の根拠を与えたことから、史蹟名勝天然紀念物保存法に基づいて指定された第二類(地方的ノモノ)の史跡、名勝及び天然記念物が1956年(昭和31年)1月23日付けで一斉に指定解除されたため、石霞渓の名勝指定も解除となった[6]。
日南町は1962年11月に県立公園指定の陳情を行い、石霞渓は1964年6月1日付けで指定された奥日野県立自然公園に含まれることとなった[7]。
名称の由来
石霞渓の石仏
石霞渓の岩山に、一体の石仏がある。1945年(昭和20年)に当時の国鉄が公園化の記念と伯備線への落石防止の祈願のため、建立した[10]。


