砂漠生態学

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研究対象 砂漠生態系(熱砂漠・半乾燥砂漠・沿岸砂漠・寒冷砂漠)
上位分野 生態学乾燥地科学(エレモロジー)
主要概念 パルス・リザーブモデル、乾燥地適応、生物土壌クラスト、砂漠化
砂漠生態学
Desert ecology
砂漠環境における生物・非生物的要素の相互作用を研究する生態学の一分野
基本情報
研究対象 砂漠生態系(熱砂漠・半乾燥砂漠・沿岸砂漠・寒冷砂漠)
上位分野 生態学乾燥地科学(エレモロジー)
関連分野 植物生態学動物生態学土壌科学気候学保全生態学
主要概念 パルス・リザーブモデル、乾燥地適応、生物土壌クラスト、砂漠化
代表的研究者 イマニュエル・ノイ=メア、マイケル・エヴェナリ、ウォルター・ウィットフォード

砂漠生態学(さばくせいたいがく、英語: desert ecology)は、砂漠環境における生物的(生きた)要素と非生物的(生きていない)要素の相互作用を研究する生態学の一分野である[1]

砂漠生態系は、そこに生息する生物、気候、その他の非生物的な生息地への影響が複雑に絡み合うことで定義される。砂漠は一般に乾燥・高温地帯として認識されるが、寒冷砂漠も世界各地に存在しており、南極大陸北極圏北アフリカ中東など全大陸にわたって分布する[2]

砂漠は地球の陸地面積の約20〜35%を占め、地球上の生態系の中でも最も過酷な環境のひとつを形成する[3]。砂漠生態学は、乾燥・アルカリ性の土壌、低い純一次生産量、草食動物・肉食動物による機会主義的な摂食パターンを主要な特徴とする。その研究は、気候変動・砂漠化・生物多様性保全といった現代の環境問題と密接に関わっており、重要性を増している。

砂漠は、年間降水量が通常250mm未満の地域として定義され、国連環境計画(UNEP)は「潜在蒸発散量(PET)が実際の降水量の5倍以上」という基準を用いている[4]。砂漠生態系は生物圏の陸域生態系に分類され、気候・地形・生物的要素が複雑に相互作用する。

砂漠は気候特性によって主に4種類に分類される。

熱砂漠(Hot desert)
年間を通じて高温であり、年間降水量が極めて少ない。サハラ砂漠アラビア砂漠ソノラ砂漠などが代表例。昼間の気温は50°Cを超えることもある一方、夜間は急激に冷え込む。
半乾燥砂漠(Semiarid desert)
熱砂漠と似た環境だが、最高・最低気温の差が比較的小さく、気温は概ね10〜38°Cの範囲に収まる。
沿岸砂漠(Coastal desert)
熱砂漠や半乾燥砂漠より気温が低く、夏の平均気温は13〜24°C程度。霧が主要な水分源となる場合も多い(例:ナミブ砂漠アタカマ砂漠)。
寒冷砂漠(Cold desert)
気温は沿岸砂漠に近いが、年間降水量の多くが降雪として得られる。ゴビ砂漠パタゴニア砂漠などが代表例。-20°Cに達する低温が記録されている[5]

研究史

砂漠生態学の学術的研究は20世紀に本格化した。イスラエルのヘブライ大学の植物学者マイケル・エヴェナリ(Michael Evenari)は、ネゲブ砂漠での長年にわたるフィールド研究を通じ、砂漠植物の生理生態や古代の農業水利システムを解明した[6]

砂漠生態学の概念的枠組みを大きく前進させたのが、イマニュエル・ノイ=メア(Imanuel Noy-Meir)である。ノイ=メアは1973年の画期的な論文「Desert ecosystems: Environment and producers」において、砂漠生態系を「水によって制御される生態系であり、不規則で離散的かつ大部分が予測不能な水の入力によって駆動される」と定義した[7]。この論文はその後の砂漠生態学研究の基礎となり、後述する「パルス・リザーブモデル」の理論的源泉となった。

翌1974年には同誌に続編「Desert ecosystems. II. Higher trophic levels」を発表し、砂漠の高次栄養段階の生態を包括的に論じた[8]

エヴェナリ・ノイ=メア・グッドール(Goodall)の共編による大著 Hot Deserts and Arid Shrublands (全2巻、Elsevier、1985〜1986年)は、砂漠生態学の標準的な参考文献として広く参照されている[9]

非生物的要素

水循環と水可用性

砂漠生態系における最大の制限要因はの可用性である。多くの砂漠生態系は、放射量や気温よりも利用可能な水の量によって制限されている[10]。砂漠における水の流れはエネルギーの流れに類似しており、砂漠生態系を研究する際には両者を合わせて考察することが有効である。

降雨は一般に長期の乾燥期間の後に集中的に発生する。乾いた堆積物は水の可用性をさらに妨げる場合があり、強風下の乾燥地帯で頻繁に発生する砂塵雲は、大気から水分を吸収することで降水を抑制し、さらなる砂漠化を加速させる正のフィードバックループを生み出すことが知られている。

土壌

砂漠の土壌は一般に乾燥・アルカリ性で、養分は豊富であっても土壌水分が不足するため植物成長が制限される。土壌は降水の一時的な貯蔵庫として機能し、生物への水供給と蒸発・流出・排水のバランスを調整する役割を担う[11]

砂漠の土壌表面に発達する生物土壌クラスト(biological soil crust)は、シアノバクテリア藻類菌類地衣類コケ類などの微生物の複合体からなる。このクラストは土壌の安定化と侵食防止、窒素固定、炭素固定に重要な役割を果たし、砂漠植生を支える生態系機能を担っている[12]

気温

砂漠地帯は極端な気温変動を経験する。雲や水蒸気による断熱効果が乏しいため、昼間は強烈な日射にさらされ、夜間は急激に熱が失われる。熱砂漠の年平均気温は概ね20〜25°Cだが、極端な気象条件下では50°C超の高温が記録される一方、寒冷砂漠では-20°C以下の低温も観測される。

パルス・リザーブモデル

ノイ=メア(1973)の定義に基づき確立されたパルス・リザーブモデル(pulse-reserve model)は、砂漠生態系の機能を説明する中心的な概念である。このモデルによれば、降水イベントが植物の成長など生物活動の「パルス(pulse)」を引き起こし、その一部は死亡・消費によって失われる一方、種子・根・茎などの貯蔵エネルギーとして「リザーブ(reserve)」に蓄えられる[13]

このモデルは、砂漠における生物活動の「好況と不況(boom and bust)」のダイナミクスを説明するうえで非常に有効であり、現代の乾燥地生態学研究の根幹を成している。

生物的要素

植物の適応

砂漠植物(乾生植物・ゼロフィット)は、厳しい乾燥環境に対してさまざまな形態的・生理的適応を発達させてきた[14]

多肉質化(Succulence)
サボテンなどの多肉植物は、茎や葉の肥厚した組織に水分を貯蔵し、長期の乾燥期間を耐え忍ぶ。多くの多肉植物はろう質のクチクラで表面を覆い、蒸発散による水分損失を最小化する。
CAM光合成(Crassulacean Acid Metabolism)
サボテン・ユッカアロエなどの多肉植物が採用する特殊な光合成経路。夜間に気温が低く湿度が高い時間帯に気孔を開いてCO₂を取り込み、リンゴ酸として貯蔵する。昼間は気孔を閉じた状態で、夜間に蓄積した酸からCO₂を再放出して光合成に利用する。この仕組みにより、通常のC3植物の10分の1程度の水消費量で炭水化物を合成できる[15]
C4光合成
トウモロコシソルガムなどの草本類が採用する光合成経路。オキサロ酢酸を中間体とするハッチ・スラック経路を用い、高温・低CO₂環境下でも効率的に光合成を行う。
旱魃回避・旱魃耐性
一年生植物は好適な条件が整ったときのみ発芽・開花して種子生産に全エネルギーを注ぎ、不利な環境はそもそも存在しないことで「回避」する。旱魃耐性植物クレオソートブッシュなど)は、ほとんど乾いた土壌からでも水分を吸収でき、他の植物には致命的な低葉内水分含量でも光合成を継続できる[16]
深根・広根系
深い根系は地下の水分層に達し、広く横に広がった浅い根系は一時的な降雨を素早く吸収するためのものである。サボテンの浅根系はこの典型例である[17]

動物の適応

砂漠動物もまた、高温・乾燥・食物資源の希少性に対してさまざまな適応を進化させてきた。

夜行性
小型哺乳類の多くは夜行性であり、昼間の強烈な砂漠の太陽を避けるため穴の中で過ごす。この行動は過熱と脱水を防ぎ、最適な体温を維持するうえで有効である。
水分保持機構
カンガルーネズミDipodomys spp.)は体が非常に効率的に水分を利用するため、まったく水を飲まずに生存できることで知られる。多くの砂漠動物は濃縮尿を生成し、水分損失を最小化する。
移動・渡り
大型哺乳類鳥類は季節的な降雨や食物分布の変化に応じて広い地域を移動する。

食物網と栄養段階

砂漠の食物網は、他のバイオームと比較して単純な構造をとることが多い。エネルギーの流れは、太陽光→生産者(植物)→草食動物→肉食動物という基本的な経路をたどり、分解者が死有機物を分解して栄養素を再循環させる。純一次生産量が低いため、食物連鎖は短く、個体群は比較的脆弱な傾向がある。

砂漠の草食動物・肉食動物はいずれも機会主義的な摂食パターンを示すことが多く、資源の時間的・空間的な変動に柔軟に対応する。腐食食性の節足動物や微生物は、乾燥地における有機物分解の重要な担い手である。

主な砂漠生態系の例

サハラ砂漠
アフリカ北部に広がる世界最大の熱砂漠。高い種固有性を持つ植生と動物相を有する。
ソノラ砂漠
北アメリカ南西部に位置し、サワロサボテンCarnegiea gigantea)を象徴とする豊かな生物多様性を誇る。
ナミブ砂漠
アフリカ南西部の沿岸砂漠。霧を主要水分源として利用する独自の適応をもつ生物(ナミブゴミムシダマシなど)が生息する。また、2枚の葉を持ち続ける奇妙な裸子植物ウェルウィッチアWelwitschia mirabilis)など、古い乾燥地環境を示す植物が見られる[18]
アタカマ砂漠
南アメリカ西岸に位置し、地球上で最も乾燥した地域のひとつ。霧(カマンチャカ)を水分源として利用する植物(Tillandsia landbeckii など)が知られる[19]
ゴビ砂漠
アジア中央部に広がる寒冷砂漠。-20°Cに達する低温と広大な礫砂漠(ゴビ)が特徴。

研究方法

砂漠生態学の現地調査は、研究者が長期間にわたって過酷な環境に身を置くことを要求するため、困難を伴う場合が多い。この制約を克服するため、一部の研究者はリモートセンシングロボット工学の技術を活用してきた。

現在では衛星リモートセンシングによる広域の植生指数(NDVI)解析や、自動気象観測装置による長期モニタリングが普及している。

ナミブ砂漠では、クイセブ川の岩盤年代の特定と地形解析から、古代の河川の動態を解明する研究が行われた例もある。

砂漠化と保全

砂漠化の定義と規模

砂漠化(desertification)とは、乾燥地・半乾燥地・乾燥半湿潤地域における土地劣化のことであり、気候変動と人為的活動の両方が主要な原因とされる[20]。人為的な土地劣化は世界で少なくとも16億ヘクタールに及び、32億人の生活に直接的な影響を及ぼしていると推定される。

砂漠化と気候変動は相互に強化し合う関係にある。気温上昇は蒸発散を促進して土壌水分を低下させ、植生の消失につながる。植生の喪失は土壌の炭素固定能力を低下させ、さらなる温暖化に寄与するという正のフィードバックが成立する[21]

生物多様性への影響

砂漠化はすでに生物多様性bの世界的な喪失に寄与している。大型哺乳類など多くの野生生物は、気候変動と砂漠化の複合的影響への適時適応能力が限られており、個体群の急減や絶滅が懸念される[22]。また、土地劣化は外来侵略種の侵入を助長し、在来種の置換や生息地の根本的な性質の変容をもたらす可能性がある。

乾燥地の土壌には世界の有機炭素の4分の1以上が蓄積されており、砂漠化が進行すると年間約3億トンの炭素が大気中に放出されると推定される(全排出量の約4%相当)[23]

保全の取り組み

砂漠生態系の保全と砂漠化防止のために、国際社会はさまざまな取り組みを進めている。

国連砂漠化防止条約(UNCCD)
砂漠化の防止と乾燥地の持続可能な管理を促進する国際条約。1994年採択。
持続可能な開発目標(SDGs)目標15
2030年までに砂漠化と戦い、劣化した土地・土壌(砂漠化・旱魃・洪水の影響を受けた土地を含む)を回復し、土地劣化のない世界を実現することを目指す[24]
グレート・グリーン・ウォール構想
サハラ砂漠南縁のサヘル地帯での大規模植林・土地回復プロジェクト。
ユネスコ・エレモロジー部門
砂漠バイオームの保全を担当する国際的な枠組み(1994年以降)[25]。持続可能な土地管理の実践として、土壌耕起の低減・植物残渣の維持による土壌被覆保全、退化した土地への植林、多様な作物の栽培、効率的な灌漑技術の導入、持続可能な放牧管理などが有効とされている[26]

主な文献

  1. Desert Ecosystems: Environment and Producers — Noy-Meir, I. (1973). Annual Review of Ecology and Systematics, 4, 25–51. DOI:10.1146/annurev.es.04.110173.000325
  2. Desert Ecosystems. II. Higher Trophic Levels — Noy-Meir, I. (1974). Annual Review of Ecology and Systematics, 5, 195–214. DOI:10.1146/annurev.es.05.110174.001211
  3. Hot Deserts and Arid Shrublands, A — Evenari, M., Noy-Meir, I., & Goodall, D.W. (Eds.) (1985). Ecosystems of the World 12A. Elsevier, Amsterdam.
  4. Hot Deserts and Arid Shrublands, B — Evenari, M., Noy-Meir, I., & Goodall, D.W. (Eds.) (1986). Ecosystems of the World 12B. Elsevier, Amsterdam.
  5. The Negev: The Challenge of a Desert — Evenari, M., Shanan, L., & Tadmor, N. (1982). Harvard University Press, Cambridge, MA.
  6. Ecology of Desert Systems — Whitford, W.G. (2002). Academic Press, London.
  7. Physiology, genomics, and evolutionary aspects of desert plants — Mohanta, T.K. et al. (2024). South African Journal of Botany, 166, 235–256. DOI:10.1016/j.sajb.2023.12.051

関連項目

脚注

外部リンク

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