破壊活動
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起源
戦争行為の中の破壊活動

ナチス・ドイツの原爆製造につながる重水生産を妨害するため、ノルスク・ハイドロ重水工場破壊工作と呼ばれる数次の破壊活動が1942年から1944年にわたり遂行された
戦争では、この言葉は、戦争の当事者である軍隊とは無関係な個人や団体が行う破壊行動を記述するときに用いられる。特に、外国のエージェントや原住民の支持者などが、その行動が生産拠点や戦争遂行には不可欠な施設(例えば器材、工場、ダム、公共事業、貯蔵プラント、物流経路)を破壊する、もしくはそれらに損害をあたえることに終わるときによく使われる。テロリズムとは異なり、破壊活動には、一般には人員に打撃を与えることを主要な目的としていない。破壊活動家は通常敵として区分されるスパイのように、検察官による公訴を免れえないかもしれないし、戦争捕虜としての拘禁の代わりに刑事罰を受ける可能性がある。
反戦主義者に対して、この言葉を元の意味から多少外れていても使うのは、戦争中に影響力を保ち続けた政府や戦争方針の支持者にとっては一般的なことである。同様に、第一次世界大戦後のドイツ民族主義者たちは、共産主義者や社会民主党 (SPD)が主導したドイツ革命と休戦協定(いわゆる背後の一突き)をドイツへの破壊活動と捉えた[5]。
日本では、戊辰戦争中の箱館戦争において、箱館(現在の北海道函館市)を占領した榎本武揚率いる旧幕府軍に対し、反発した市民が散発的な破壊活動を行なっている。
犯罪の一部としての破壊活動
仕事場での破壊活動
環境保護のための破壊活動
特定の環境団体は、環境破壊の抑止または有害だと考えられる技術に対して反対意思を示す手段として資産の破壊を行う。アメリカ連邦捜査局は上記の目的で資産の破壊に従事する者を「エコテロリスト」と呼ぶ。これに対して、環境団体の賛同者は、「資産は恐怖を感じることが出来ない。資産への損害はより、“破壊活動”と評されるにふさわしい」と反論している。動作中の機械を止めるために、モンキーレンチをその動作機構に投げ込むという描写は、エドワード・アビーの小説「爆破―モンキーレンチギャング」(築地書院 2001年)によって広く知られるようになり、環境活動家が地球を破壊する機械類に対しての反対を示すのに用いられるようになった。
