社尺別駅
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尺別炭礦の軽便運炭軌道に代わる専用鉄道の敷設に伴って設置された、国鉄尺別駅との旅客連絡駅。専用鉄道の頃は尺別炭礦関係の旅客及び小荷物[1]の利用に限られ、一般に開放されたのは1962年(昭和37年)に地方鉄道へ移行してからであった。地方鉄道への移行も、沿線の林産物や農産物などの一般貨物の取扱を企図したもので、旅客の連絡運輸は行われなかった[1]。
軽便運炭軌道時代に国鉄尺別駅に隣接して敷かれた尺別炭礦用の側線(分岐線)上で一般を除く関係者の旅客乗降も行われていたため、そこを通称「岐線(駅)」(ぎせん)と呼んでいたが、専用鉄道に移行して位置も少し離れた場所となった当駅も、通称では「岐線」と呼ばれた。
また、尺別鉄道線の起点は国鉄尺別駅裏の尺別炭礦の側線中央にあり、当駅は基点から0.260 km付近に位置した[1]。国鉄尺別駅裏の尺別炭礦の側線は国鉄側の財産に編入されており、財産分界点が国鉄尺別駅場内信号機の位置(尺別鉄道線起点から0.181 kmの地点)に設けられていた[1]。
国鉄尺別駅と当駅との間の旅客の連絡は、直別方の踏切を越えて駅裏へ向かう少し遠回りな経路で、舗装もされていなかったため、特に冬期や雨天時の乗換に不自由した。このため1958年(昭和33年)に国鉄尺別駅の共同使用の提案が社内であったが、結局実行に移されなかった。
