祐徳稲荷神社
日本、佐賀の神社
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由緒
鹿島藩初代藩主鍋島直朝が、後陽成天皇の孫・左大臣花山院定好の娘萬子媛(まんこひめ)を継室とし、その萬子媛が朝廷の勅願所であった伏見稲荷より稲荷大神の御分霊を勧請したのに始まる。萬子媛が嫁ぐ際、父から稲荷大神の神鏡を授けられていた。貞享4年(1687年)、石壁山に社殿を建立し、萬子媛自ら奉仕していたが、宝永2年(1705年)、石壁山窟の寿蔵にて、断食して入定を果たした。以降、萬子媛の諡名から「祐徳院」と呼ばれるようになり、祭神の稲荷神とともに萬子媛の霊験により信仰を集めた。
明治の神仏分離により仏式の行事を廃し、祐徳稲荷神社に改称した。その際、萬子媛が入定した寿蔵は境内社の石壁神社とされ、萬子媛に「萬媛命」の神号が贈られた。
現在の本殿は、昭和初期に建て直されたものが昭和24年(1949年)5月に焼失[8]したあと、伊勢神宮造営局長の角南隆が設計して昭和32年(1957年)に再建された[8]もので、3代目である。主要建物は総漆塗りである。
境内
錦波川を境として西側に本殿、神楽殿、楼門がある。楼門から北側には参集殿、更にその北側には日本庭園がある。
本殿は舞台造りの上に建てられた総漆塗りの建物で、117段の階段の上に位置している[9]。本殿は高所にあるが、有料のエレベーターが設置されている[8]。
境内入口より北から祐徳バス門前出張所(祐徳神社前バス停)までの間の参道には門前商店街が軒を並べ、その北端には3000台が駐車できる無料駐車場がある。錦波川東の駐車場脇には神社が所蔵する美術工芸品や鎧・刀・鹿島錦など郷土の資料を展示した祐徳博物館が設置されている。
- 神楽殿
- 拝殿
- 命婦社(県文化財)
- 岩本社
- 石壁社
- 岩崎社
- 奥の院
- 参集殿
- 祐徳博物館
- 錦波川から社殿を望む
文化財
県指定有形文化財
- 命婦社
- 刀
- 古文書
交通
野球場
本神社は境内に『祐徳国際グラウンド』という野球場を建設し、1935年に開場して運営していたことがある。このグラウンドは現在の来訪者用駐車場の位置にあり[10]、1950年(昭和25年)4月21日にプロ野球の西日本パイレーツが中日ドラゴンズを帯同してセントラル・リーグの公式戦を開催した(中日が12-1で西日本を下した)[10]。この試合では中日の先発投手杉下茂が6回表に西日本の野本喜一郎から満塁本塁打を放っているが、これはセントラル・リーグ初の“投手が打った満塁本塁打”であった[10]。
このグラウンドは火災などもあり、1957年までに自然消滅したと言われている[10]。
