祝宮静
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大分県宇佐市出身。京都の下鴨神社の宮司の長男として誕生する。父は子爵園池家からの養子、母方の家は大分県杵築の社家であった[3]。1928年國學院大學卒業[4][5]。その後、國學院大學助手[6]、講師[7]などを勤め、1933年より渋沢敬三のアチック・ミューゼアムで水産史関係資料を研究する[4][8]。東京農業大学教授[9][10]を1947年に辞職し郷里に帰る。[要出典]文化財保護委員会事務局から民俗資料の保護の担当者の人選を求められた渋沢の推薦により、1952年に文化財保護委員会事務局記念物課民俗資料係長[11]、のち主任文化財調査官となり、1967年まで勤める[12][13]。その後、名城大学法学部教授[14]。 1957年「明治初年における「旧弊取直し」運動とその歴史的意義」で國學院大學文学博士[15][16]。