『基督教福音唱歌』13番「神は愛なり」(1900年)、『リバイバル唱歌』47番「神は愛なり」(1909年)、『聖歌』392番「神はひとり子をたもうほどに」(1958年)、『讃美歌第二編』184番「神はひとり子を」(1967年)、『聖歌 (総合版)』392番「神はひとり子を」(2002年)に収録。1900年の福音唱歌では8分の9拍子だが、1909年のリバイバル唱歌、1967年の讃美歌第二編では、4分の6拍子になっている。1958年の聖歌では4節が中田羽後のものになり、歌詞も改変されている。これは、2002年の聖歌 (総合版) に継承されている。
- 1.神はひとり子を たまうほどに
- 世びとを愛したもう 神は愛なり
- 2.罪をばおかして 神にそむき
- 敵たう われさえ なお愛したもう
- 3.罪ゆるされんため われにかわり
- 御子イエス十字架に 死にたまえり
- 4.かくまでゆかしき 神の愛に
- なお感ぜぬ者は 人にあらじ
- おりかえし
- あ 神は愛なり けがれはてし
- われさえ愛したもう 神は愛なり
2節目の聖句はローマ教会への手紙5:10「我等もし敵たりしとき御子の死に頼りて神と和ぐことを得たらんには、まして和ぎて後その生命によりて救はれざらんや。」
三谷の娘である三谷幸子は、神様の愛に打たれてこの讃美を作詞した三谷種吉の信仰について説明したにもかかわらず、日本基督教団讃美歌委員会は、4節を削除した。この経緯を説明したところ、声楽家、音楽伝道者の今仲幸雄は4節を三谷種吉の歌詞で歌うことにした。[1]