神明宮 (横浜市神奈川区)
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位置
北緯35度28分42.2秒 東経139度38分13.1秒 / 北緯35.478389度 東経139.636972度座標: 北緯35度28分42.2秒 東経139度38分13.1秒 / 北緯35.478389度 東経139.636972度
社格等
旧村社、神饌幣帛料供進指定社
| 神明宮 | |
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| 所在地 | 神奈川県横浜市神奈川区東神奈川2-34-6 |
| 位置 | 北緯35度28分42.2秒 東経139度38分13.1秒 / 北緯35.478389度 東経139.636972度座標: 北緯35度28分42.2秒 東経139度38分13.1秒 / 北緯35.478389度 東経139.636972度 |
| 主祭神 | 素盞嗚尊、大日孁尊 |
| 社格等 | 旧村社、神饌幣帛料供進指定社 |
| 創建 | 1299年(正安元年) |
| 本殿の様式 | 神明造 |
| 別名 | 神明さま、東神奈川神明宮 |
| 例祭 | 8月第4土-日曜日 |
| 地図 | |
神明宮(しんめいぐう)は神奈川県横浜市神奈川区にある神社。境内を流れていた上無川(かみなしがわ)は、「神奈川」の由来の一説でもある。
歴史
1299年(正安元年)の勧請と伝わる[1]。 別当寺だった能満寺も同年創建と伝えられ[1]、創建から密接不離な関係があったと思われる[2]。上無川に流れて来た牛頭天王像の話が伝わる。概略は以下。
上無川に流れて来た牛頭天王像を拾った村人は、祟りを畏れてまた川に流してしまったところ、一家悉く眼病に罹ってしまった。神罰かと、下流から海中まで探したが見つからず、代わりに見つかった神面を祀ったところ、忽ち眼病が平癒したため、この宮を神面社と称した。ところが、村は大いに荒れたので、神面は境内へ埋め、神明社と改称して大神宮を祀るようになった。以来、当地を荒宿と称し、上無川に棲む片目の鰌を食べると眼病を患うといわれた。
—『横浜の伝説と口碑 下』上無川の片目の鰌(横浜郷土史研究会、1930年)NDLJP:1456827/21
江戸時代、相殿に素盞嗚尊を勧請した。
1868年(慶応4年)の神奈川大火で全焼するも復興し、1885年(明治18年)村社に列せられ、1922年(大正11年)神饌幣帛料供進社に定められた。[2] 1923年(大正12年)の関東大震災と1945年(昭和20年)の横浜大空襲でも大被害を受ける。
社殿・境内
祭事・年中行事
- 例大祭 - 8月第4土-日曜日