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神路信号場

日本の北海道中川町にあった日本国有鉄道宗谷本線の信号場 From Wikipedia, the free encyclopedia

神路信号場(かみじしんごうじょう)は、北海道中川郡中川町字神路にあった日本国有鉄道宗谷本線の信号場である。事務管理コードは▲121832[1]。

1977年の神路信号場の状況。周囲約500 m範囲。上が稚内方面。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成
所在地 北海道中川郡中川町字神路
北緯44度44分36秒 東経142度8分18秒
所属路線 宗谷本線
キロ程 143.1 km(旭川起点)
概要 神路信号場, 所在地 ...
神路信号場
跡地(2019年8月、列車内から)
かみじ
Kamiji
◄筬島 (7.5 km)
(10.5 km) 佐久►
所在地 北海道中川郡中川町字神路
北緯44度44分36秒 東経142度8分18秒
所属事業者 日本国有鉄道
所属路線 宗谷本線
キロ程 143.1 km(旭川起点)
開業年月日 1922年(大正11年)11月8日
廃止年月日 1985年(昭和60年)3月14日
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歴史

北海道大学演習林(現:北大中川研究林)の強い要望もあって木材搬出のために、当初は一般駅として設置された[2]。

所在した神路地区は鉄道開通後も開拓農家の他には鉄道職員のみが住む集落で、駅側の集落と対岸の国道40号を結ぶ神路大橋が1963年(昭和38年)5月20日に開通したが、7ヶ月後の同年12月18日23時頃に神居山から吹き降ろす突風により落橋したことを動機に住民全員が撤退をはじめ[2]、1967年(昭和42年)に最後の農家が撤退[2]、鉄道官舎も消滅し[2]、1973年(昭和48年)に国鉄北海道総局が発行した『北海道 駅名の起源』では「駅周辺には人家が一軒もないところ[3]」と紹介される状況にあった。

こうした状況から当駅も1977年(昭和52年)5月25日に宗谷本線営業体制近代化実施に合わせて、正規の駅から信号場となり[4]、便宜的に仮乗降場として1日1往復のみ客扱いを実施した。そして1985年(昭和60年)3月14日に廃止された。

年表

駅名の由来

当駅対岸の連山の最も高い山(現在の神居山、カムイル山とも)はアイヌ語で、「カムイルエサニ(kamuy-ru-e-san-i)」(カムイ〔神〕の・坂路が・そこから・浜〔=川端〕に出る・所)と呼ばれていた[10][11][12]。

ここでいう「カムイ」は「キムンカムイ〔kim-un-kamuy〕」(山・いる・カムイ、=熊)や、落石などが多い通行の難所で人間に危害を与えるカムイであることが多いが、ここのアイヌの伝承には、天塩川を通行する丸木舟に岩を投げつけるカムイがいる、という話がある[13]。

「神路」の名称はこれを和訳したものである[12][14]。

構造

相対式2面2線を持つ地上駅であった。現在の本線は当時の2番線に沿っている。

利用状況

乗車人員の推移は以下の通り。1日乗降人員については元データを期間日数で割って算出した参考値を括弧書きで示す。

さらに見る 年度, 乗車人員(人) ...
乗車人員推移
年度 乗車人員(人) 出典 備考
年間 1日平均
1922年度(大正11年度) 589 (10.9) [15] 開通初年度。11月8日から営業
1923年度(大正12年度) 3,575 (9.8)
1924年度(大正13年度) 4,155 (11.4)
1925年度(大正14年度) 4,023 (11.0)
1926年度(大正15年度) 3,413 (9.4)
1965年度(昭和40年度) 2,666 (7.3) [16] 同年住民が全戸撤退を決定[2]
1966年度(昭和41年度) 2,110 (5.8)
1967年度(昭和42年度) 558 (1.5) 同年最後の農家が撤退[2]
1968年度(昭和43年度) 492 (1.3)
1969年度(昭和44年度) 306 (0.8)
1970年度(昭和45年度) 328 (0.9)
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周辺

前述の神路大橋落橋後も対岸に渡る橋は架橋されなかったため、駅跡地への到達は非常に困難となっている。

  • 天塩川
  • 神居山
  • 北海道大学北方生物圏フィールド科学センター森林圏ステーション中川研究林
  • 神路大橋橋桁・橋台跡地
  • 中川町立神路小学校跡地
  • 日本通運稚内支店神路派出所跡地

隣の駅

日本国有鉄道
宗谷本線
筬島駅 - 神路信号場 - 佐久駅

脚注

関連項目

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