福原資広 From Wikipedia, the free encyclopedia 福原 資広(ふくはら すけひろ)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。那須氏の家臣。 時代 戦国時代 - 安土桃山時代生誕 不明死没 天正19年6月13日(1591年8月2日)別名 中務丞概要 凡例福原資広, 時代 ... 凡例福原資広時代 戦国時代 - 安土桃山時代生誕 不明死没 天正19年6月13日(1591年8月2日)別名 中務丞戒名 月山主君 那須資晴氏族 下野福原氏父母 父:福原資孝兄弟 資広、資保、千本資勝、資通、大田原増清室妻 正室:大田原綱清娘子 養子:資保テンプレートを表示閉じる 福原資孝の嫡男として誕生。父・資孝と共に那須資晴に仕えた。天正13年(1585年)の薄葉ヶ原の戦いでは戦功を挙げる。天正18年(1590年)の小田原征伐では、父が豊臣秀吉に臣従して所領安堵を受けたのを機に家督を譲られる。しかし、翌年病死したために、弟・資保が当主となった。 Related Articles~TimelinesTop QsFact Checks