福岡中央霊園
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九州電力の社長などを務めた瓦林潔ら財界などの有力者11人が、福岡都市圏では初となる本格的な公園墓地の開設を目指し、「財団法人福岡中央霊園」を1970年に設立し、翌年2月に開業したのが始まりである。目新しさもあって利用希望者がどんどん増え、遂には大きな門(正確には現場事務所棟)の下のエリアまで開発せざるを得ない状況になった。
ただもう現状以上の開発ができなくなったことから、近年は新規申し込みは狭き門となっており、普通の墓については他の墓地へ骨を移すなどして空き区画ができた場合に限ってそこを埋めるために募集するような状況になりつつあり、新規区画は徐々に無くなってきている。また新たに永代供養式の納骨堂として「永光苑」が建設されたが、こちらは永代供養といっても新規受け入れ枠を常に確保するため、33年経ったら骨は骨壺から出して合同納骨室に移し、誰の骨だか分からない状態にすることが使用規定にはっきりと示されている[1]。
平成時代に入り熊本県で「不知火霊園」を開園させるため、運営する財団法人の名前を今の「永光墓園」に改めた。2012年4月1日付で公益財団法人として認定された。