福島敏行
From Wikipedia, the free encyclopedia
1895年(明治28年)3月23日、島根県松江市に生まれる。
1916年(大正5年)、法政大学法学部を卒業し、内国通運(現・日本通運)に入社する[1]。
1960年(昭和35年)、日本通運社長に就任し、1968年(昭和43年)に辞任する。辞任後、いわゆる日通事件により業務上横領の疑い等で逮捕される[1]。1971年(昭和46年)9月に東京地裁で懲役4年の判決が出、1977年(昭和52年)10月に最高裁で確定する。しかし、病気のため刑の執行は停止される[1]。なお、事件について取り調べを受けていた次男の秀行は検察庁ビルから飛び降り自殺をしている[2]。
1983年(昭和58年)3月23日に死去、88歳。