福島縣護國神社
福島県福島市にある神社
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沿革
明治天皇の詔勅を賜り、1879年(明治12年)10月4日、相馬・三春・若松の三か所にあった招魂場に祀られていた戊辰戦争西軍従軍者と、これらに祀られていなかった同戦争に軍属した西軍戦歿者[2]。及び西南戦争で戦死した福島県出身の戦死者を合祀し、官祭信夫山招魂社(指定官祭福島招魂社)として創建されたことに始まる[3]。
福島県は戊辰戦争では、各藩によって東西敵味方に分かれて死闘が繰り広げられてきたため、複雑な歴史観を有する中にありながら、毫も揺らぐことなく勤王に忠義し散華せられた諸祭神を奉ってきた神社である[1]。
1937年(昭和12年)現在の社殿が造営され、1939年(昭和14年)の制度改革により内務大臣指定護国神社となり、「官祭福島縣護國神社」と称した。官祭の名の通り、国費をもって祭祀料が下賜されてきたが、大東亜戦争後、GHQの占領政策「神道指令」により祭費が停止され、国家との結びつきが断絶されるやむなきに至る[1]。
さらにGHQの占領下においては、神社を存続するために天照皇大御神を祀り、社名を大霊神社と改め、廃社の危機に備えた。1952年(昭和27年)9月、日本の主権回復に伴い社名を「福島縣護國神社」に復した[3]。
1995年(平成7年)9月、天皇より幣帛料を贈られ、また同年10月、天皇・皇后より幣饌料が捧げられた[3]。
