福島義久 From Wikipedia, the free encyclopedia 生誕 1935年3月26日 日本 埼玉県北葛飾郡松伏領村死没 (1996-05-06) 1996年5月6日(61歳没) 日本出身校 横浜市立大学 学士 (1958年)慶應義塾大学 修士 (1961年)研究分野 国際経済学福島 義久人物情報生誕 1935年3月26日 日本 埼玉県北葛飾郡松伏領村死没 (1996-05-06) 1996年5月6日(61歳没) 日本出身校 横浜市立大学 学士 (1958年)慶應義塾大学 修士 (1961年)学問研究分野 国際経済学研究機関 慶應義塾大学指導教員 山本登称号 慶應義塾大学教授影響を受けた人物 チャールズ・キンドルバーガーハリー・G・ジョンソンマレー・ケンプジャグディーシュ・バグワティー白石孝影響を与えた人物 唐木圀和遠藤正寛テンプレートを表示 福島 義久(ふくしま よしひさ、1935年〈昭和10年〉3月26日 - 1996年〈昭和10年〉5月6日)は、日本の経済学者[1]。専門は国際経済学、国際貿易論。 1935年に埼玉県北葛飾郡松伏領村(現・松伏町)に生まれる[1]。1953年に埼玉県立本庄高等学校を卒業、1958年に横浜市立大学商学部経済学科を卒業、1961年に慶應義塾大学大学院経済学研究科修士課程を修了、そして1964年に同博士課程を単位取得退学する[1]。1961年に慶應義塾大学商学部副手、1962年に同助手、1968年に同助教授、1977年に同教授となる[1]。国際経済学会に所属し、幹事と理事を務めた。 大学院では山本登の指導を受け、副手となってからは白石孝の指導を受けた[2]。白石研究会に所属した同大学の唐木圀和とは、合宿や学会出張などを共にした[2]。 教育にも尽力し、学部からの指導学生には粕谷雄二と倉持俊弥、大学院からの指導学生には遠藤正寛がいる[2]。福島ゼミの卒業生は「福島会」を組織し、卒業後も交流を続けた[2]。 研究 貿易政策、経済発展論、投資プロジェクトの評価方法などの研究に取り組んだ[2]。国際貿易論の一般均衡理論の研究においては、チャールズ・キンドルバーガーやハリー・G・ジョンソン、マレー・ケンプ、ジャグディーシュ・バグワティー、渡辺太郎の影響を強く受けた[2]。関税の経済的効果の分析、為替切り下げの経済的効果の分析などを行った[3][4][5][6]。 出典 1 2 3 4 慶應義塾大学商学会 (1997).「福島義久教授 略歴および主要業績 (福島義久教授追悼号) 」『三田商学研究』40巻4号。 1 2 3 4 5 6 唐木, 圀和 (1997).「福島義久教授の人と学問 (福島義久教授追悼号) 」『三田商学研究』40巻4号。 ↑ 福島, 義久 (1961).「後進国問題の形成過程について 」『三田商学研究』4巻5号、77ー92頁、1961年. ↑ 福島, 義久 (1962).「経済成長の波及効果と後進地域 : 十九世紀貿易パターンと「余剰吐け口論」について 」『三田商学研究』5巻4号、1051ー1061頁、1962年. ↑ 福島, 義久 (1962).「関税効果分析への覚書 : 安定条件と政策有効条件について 」『三田商学研究』6巻4号、537ー556頁、1962年. ↑ 福島, 義久 (1987).「一人当たり実質所得の国際比較とその換算レート : 為替相場と購買力平価(白石孝教授退任記念号) 」『三田商学研究』30巻1号、52ー74頁、1987年. Related Articles