福野電報電話局
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福野電報電話局は、1958年(昭和33年)1月15日に福野郵便局の電気通信業務を承継して開設された[2][3]。開局当初より福野郵便局における磁石式電話交換を改めて自動式を導入しており、当時の富山県下においては富山電報電話局についで二番目の自動交換局であった[4][5][6]。同年3月中に福光電報電話局、城端電報電話局、津沢郵便局、井波電報電話局及び砺波電報電話局より市外電話の集中を受け、各局間における即時化が果たされた[7]。また、これにより各局管内における施設業務が福野局へ集中され、当時その人員配置問題が当局と全国電気通信労働組合(全電通)の間に争われた[8][9]。1967年(昭和42年)7月9日には新局舎が完成し、全国即時ダイヤル通話化を果たした[10]。1985年(昭和60年)4月1日の民営化後もしばらく福野電報電話局の名称が用いられたが[11]、1989年(平成元年)4月1日より全国的に電話局及び電報電話局は支店、あるいは営業所と改称された[12]。
