私の食物誌
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読売新聞紙上で、1971年2月4日から12月26日まで、全92回にわたって連載された[4]。一編ごとの文章は短く[8]、主に食材、産地、料理について触れているのみで、料理を食べた店舗の名や所在地は、ほとんど触れられていないことが特徴である[7]。
単行本化にあたっては、全100回にするために新たに8回分が加えられた[6]。これらの中には「別册文藝春秋」、「小説新潮」、菊正宗酒造元社長の嘉納毅六による季刊誌「甘辛春秋」に掲載された作品や[6]、亀井勝一郎と吉川逸治の編による書籍「美の誘惑」所収の作品に加えて[5]、書き下ろし作品もある[6]。
2017年(平成29年)には、吉田の没後40年記念として、吉田のもう1冊の食に関する随筆『舌鼓ところどころ』と共に、『舌鼓ところどころ / 私の食物誌』(中公文庫)として発行された[9][10]。
評価
小説家・評論家の丸谷才一は、「食べ物の本の戦後三大傑作」の一つに本書を挙げている[11]。小説家の吉行淳之介は丸谷の意見に対して「私にも異存がない」と述べ、吉田が食べ物と人間との関係を正確につかんでおり、食通を感じさせないとして本書を評価している[11]。文芸評論家の川本直は、同語反復の多い文章に驚き、「他の作家は絶対にこういう書き方をしない」と魅力を感じて、吉田健一の他の作品を読むきっかけになったという[12]。
作家の林望は、吉田健一が「朕惟フニ(われおもうに)」と主体性、つまり独断的な記述を貫いていることを特徴に挙げている[13]。または林は、「大概の者は食べずにいれば餓死するため、食べることは楽しいことに決まっているのだから、旨い物を捜すことは『食道楽』『食通』などの汚名をかぶる理由にはならない」との記述を評価している[13]。
詩人の中村稔は、料理に関する数々の出版物の中でも、本書を「出色の物」とし、自身が吉田健一の著作の良い読者でないと認めつつも、吉田の著作の中でも「出色の物」と語っている[14]。また中村は、吉田の友人でもある丸谷才一の著書『食通知ったかぶり』が、料理の調理法や味を表現豊かに記述していることに対し、吉田の本書は単に「旨い」を繰り返すのみで、なぜ旨いかを説明していないことを指摘し[14]、食の楽しさを語るためには食通であることは不要であり、吉田の文章もまた食べ物の旨さを十分に伝えていると述べている[15]。
元厚労官僚である樽見英樹は、厚生省への入省後、病床にいて食欲が低下していた時期に、本書を読んだことで食欲を思い出したといい、「とても実用的な本」「生きることの楽しみを教えてくれた」と評価している[16]。
イラストレーターの大田垣晴子は、自著『わたくし的読書』の中で、食べ物に関する書籍の中で「大好き」として本書を取り上げており[17]、「女性のエッセーはほとんど読まないけれど、男の人のは好きです。サラリと流す感じがある男の人の文章はいいですね[注釈 2]」と語っている[18]。この他に、「読んでいるとおなかのすく本[2]」「項目を追っていくだけで食欲をそそられる[19]」などの意見も寄せられている。