秋元順朝 From Wikipedia, the free encyclopedia 秋元 順朝(あきもと なおとも、1905年3月13日 - 1967年9月18日)は、日本の経営者、銀行家。埼玉銀行頭取を務めた。群馬県館林市出身[1]。 秋元春朝子爵の長男として生まれる[1]。1928年に東京帝国大学経済学部商業学科を卒業し、同年に高文行政科に合格し、1929年には大蔵省に入省[2]。 1932年に茨木税務署長、大阪税務監督局管内茨木税務署所轄内相続税審査委員[3]。1933年に淀川税務署長、大阪税務監督局轄内淀川税務署所轄内相続税審査委員[4]。1934年に北税務署長、大阪税務監督局管内北税務署所轄内相続税審査委員[5]。 1940年に関税等不服審査会幹事[6]、阿片委員会幹事[7]、台湾関税等不服審査会委員[8]、不当廉売委員会幹事[9]。1942年に大東亜省支那事務局理財課長[10]。 大東亜大臣秘書官事務取扱を経て[11][12]、1946年に終戦連絡中央事務局経済部長[13]。同年に東京地方専売局長。1949年に退官し、埼玉銀行副頭取就任し、1961年11月には頭取に昇格[1][14]。 1967年9月18日腹膜炎のために死去[15]。62歳没。 脚注 [脚注の使い方] 1 2 3 興信データ株式會社 1966, あ90頁. ↑ 霞会館華族家系大成編輯委員会 1996, 21-22頁. ↑ 官報 1932年04月01日 ↑ 官報 1933年02月20日 ↑ 官報 1934年06月18日 ↑ 官報 1940年03月14日 ↑ 官報 1940年04月22日 ↑ 官報 1940年08月03日 ↑ 官報 1940年03月25日 ↑ 官報 1942年11月10日 ↑ 官報 1945年08月29日 ↑ 官報 1945年08月08日 ↑ 官報 1946年09月05日 ↑ 官報1949年04月07日 ↑ 1967年 9月18日 読売新聞 夕刊 p11 参考文献 興信データ株式會社『人事興信録 第23版 上』興信データ、1966年。 霞会館華族家系大成編輯委員会『平成新修旧華族家系大成 上巻』霞会館、1996年。 先代小野幸太郎 終戦連絡中央事務局経済部長1946年 次代黄田多喜夫 先代平沼弥太郎 埼玉銀行頭取1961年 - 1967年 次代長島恭助 Related Articles