秋山忠右

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本名 秋山 忠右
ふりがな あきやま ただすけ
国籍 日本の旗 日本
出身地 日本の旗 日本 東京都
秋山 忠右
本名 秋山 忠右
ふりがな あきやま ただすけ
国籍 日本の旗 日本
出身地 日本の旗 日本 東京都
生年月日 1941年3月17日
没年月日 2013年6月25日
最終学歴 東京綜合写真専門学校研究科
師匠 石元泰博
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秋山 忠右(あきやま ただすけ、1941年3月17日 - 2013年6月25日)は、東京都出身の写真家[1]

1941年3月17日、東京都品川に生まれる[2]早稲田大学政治経済学部卒業後、1964年東京綜合写真専門学校研究科を卒業する[1]石元泰博の師事となったが[1]、1965年にフリーランスとなった[3]。同年には、佐藤晴雄と共同で制作した「若い群像(東京都写真美術館に作品収蔵)[2]」で第2回太陽賞を受賞、1991年には第31回ACC全日本CMフェスティバルのテレビCM部門において優秀賞となるなど、数々の受賞歴を持つ[1]。さらに、1992年に第39回カンヌ国際広告映画祭ファイナリストに入賞、1998年には伊奈信男賞特別賞を受賞している[1][2]日本写真家協会会員、東京綜合写真専門学校の講師(1970年〜)・およびその学校法人写真学園の理事(2001年〜)であった[3]

1987年北方謙三・中原淳と崩壊間近のベルリンの壁を越える旅をする[4]。「国境とは何か」を問い、日本の国境地帯を渡り歩き、中原と組んで県境飛地にも関心の幅を広げ、撮影して回った[5]

2013年6月25日、肺炎のため逝去した。享年72[3]

主な作品

  • 「若い群像」(東京都写真美術館)
  • 「空撮大東京」(東京都写真美術館)

主な個展

主な著書・写真集

脚注

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