西和彦とビル・ゲイツが協力して2010年4月に開学させる予定であった[1][2]。コンピュータなどの分野に優れた才能を持ちながらも、入学試験で苦手科目があったために有力大学に入学できなかった人材に機会を与えることが趣旨とされていた。キャンパスは秋葉原のビルを使用し、体育館やグラウンドは近隣の公共施設や学校から借用することが構想されていた。開学にあたって100億円の寄付金を集めるとされ、ビル・ゲイツからは1億円が寄付されていた[3]。だがリーマン・ショックで不況になり計画は頓挫して開学されなかった[4]。
西和彦は会津大学の学長選挙で負けてから大学設立を考え出し、会津大学のような世界での強い指導力を持つ人材を育成する大学を開学させようとしていた。大学設立には100億円がかかるだろうと思い、まずはビル・ゲイツに寄付を頼むことにした。ビル・ゲイツはすぐに了承して20億円を寄付してくれることになった。残りの80億円はNEC、富士通、日立などを回り、いずれからも感触が良かった。だがリーマン・ショックで大学開学の計画は無くなった。だが西はそれでは諦めず、IoTメディアラボラトリーを開設して、夢を持つ学生をサポートすることにする[5]。