秩父吉田の龍勢
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龍勢ロケットの歴史
鎌倉時代の元寇で蒙古側が武器の一つとして使用し、その後、戦国時代に狼煙や火器として使用され、各地に伝わったのが起源だと言う説が有力である。構造は三河、遠州地方に伝承される手筒花火と類似点がある。タイなど東南アジアにも、似た形式のロケット花火が伝統的に存在する[要出典]。
1600年の関ヶ原の戦いでは戦況を石田三成の居城である佐和山城にいち早く知らせるために、狼煙が空高く打ち上げられたとされる。
その後この種の狼煙が改良され龍勢(流星)となり、農村の神事・祭礼用から娯楽用等に使用されるようになった。
- 点火前
- 点火直後
- 発射
- 飛翔
- 破裂
無形民俗文化財の歴史
その他歴史にかかわる事項
1988年には、昭和天皇が重篤な状況にあったために中止(自粛)となった[7]。
2011年(平成23年)に放送されたテレビアニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』で龍勢が作中の重要な要素として描かれた(ただし、作中では「花火」と呼称)ことで、この年より同作品とのコラボレートした龍勢も発射されるようになった。初年度には、同作品本間芽衣子(めんま)役の茅野愛衣が口上をおこない、以後「あの花龍勢」が打ち上げられてきた[8]。
2020年と2021年は新型コロナウイルス感染症流行のため、打上げは中止となる(祭礼のみ実施)[7][9]。2022年は規模を縮小(例年の27本を17本に)して3年ぶりに実施された[10]。「あの花龍勢」は今年度は見送りとなった[11]。
2023年7月、「あの花龍勢」は10回目となる同年の射出が公式イベントとしては最後となることが発表された[12]。以前よりアニメ制作会社と龍勢保存会の申し合わせでコラボレーションは10回までと決められていたという[13]。10月8日の当日には茅野愛衣(口上担当)や久川鉄道(ぽっぽ)役の近藤孝行、監督の長井龍雪や脚本の岡田麿里ら関係者が見守る中、「あの花龍勢」は無事発射に成功した[13][14][15]。
公式の「あの花龍勢」は終了したが、2024年にはボランティアも募る新たなスタイルで「あの花龍勢」奉納を実施する(主管は秩父アニメツーリズム実行委員会で、制作会社の許可済)旨が秩父市観光課より告知された[16][17][18]。
伝承への取組
各流派のほかに、地元の秩父市立吉田中学校では伝承学習が実施されている[19]。