穆郡王 From Wikipedia, the free encyclopedia 穆郡王(乾隆44年12月29日〔1780年2月4日〕 - 乾隆45年5月6日〔1780年6月8日〕)は、清の嘉慶帝の長男である。早世し、名は与えられなかった[1]。 乾隆44年(1779年)12月29日に生まれた。父である嘉慶帝は当時まだ皇子であり、生母の劉佳氏はその側室であった。 乾隆45年(1780年)5月6日に、病死した。 嘉慶25年(1820年)8月、新たに即位した道光帝は、既に亡くなって久しい異母兄に対して「多羅郡王」の爵位と「穆」の諡号を追贈したが、名は授けられなかった。 参考文献 『清史稿』 『愛新覚羅宗譜·星源集慶』 脚注 ↑ 『愛新覚羅宗譜·星源集慶』 Related Articles