空気のうすいぼくの部屋

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空気のうすいぼくの部屋(くうきのうすいぼくのへや、: My Thin-aired Room)は、山本悍右が1956年に制作した写真連作である。四点の構成的写真によって人物と家具の消失を段階的に示す作品で、山本の戦後作品を代表する作例の一つとされる。写真を並置して物語的な時間を構成する手法により、日本におけるシークエンス写真のきわめて早い実験例として評価されており、戦前に形成された山本のシュルレアリスム的実践を、戦後の物語的・コンセプチュアルな写真表現へ接続する作品としても位置づけられている[1][2][3][4]

本作は室内を舞台とする四点組の連作である。最初の一枚では椅子に腰かけた山本自身が写り、二枚目では人物が消えて上着と靴だけが残る。三枚目では残された衣服も消えはじめ、四枚目ではテーブルやソファも姿を消し、部屋全体が空になる[1][5]。 写真の記録性を用いながら、現実には起こりえない消失の過程そのものを構成していく点に本作の特徴があり、そのため独特の余韻を残す作品とされる[4]

山本悍右の戦後作品における位置

本作は、山本が1950年代から1960年代にかけて制作した物語的連作写真の流れのなかに位置づけられる。三点以上の演出写真を連ねて夢のような物語を伝える戦後のフォト・ナラティヴの代表例の一つであり、そこでは山本が演者であると同時に演出者でもあるとされる[2][3]。 この種の作品群は、山本のシュルレアリスム的背景を、戦後日本におけるコンセプチュアルかつパフォーマティブな写真表現へ直接つなぐものとして論じられている[3]

発表と掲載

本作は、山本の「劇的な連続写真」の一例とされる。これは、三点から五点ほどの写真を縦または横に並べ、叙述的な効果を生み出す作品群である[6]。 1956年11月24日から銀座の松島画廊で1週間開催された山本の個展では、四点組の「photo story: Kuki no usui boku no heya」が、山本の独創性がもっとも明瞭に現れた作例として取り上げられた[6]

2001年図録所収の年譜によれば、本作は1957年11月に『VOU』58号に四点組のフォト・ストーリーとして掲載され、1999年にはジョン・ソルトの『Shredding the Tapestry of Meaning』にも再録された[7][8]

評価

本作は、カメラが「詩人の声」を運びうることを示した作品として受け止められてきた。戦後の『VOU』周辺の文脈、および山本がのちにコンクリート・ポエトリーやヴィジュアル・ポエトリーの名のもとに連作写真を発表していく流れのなかで、本作はその転回点の一つとみなされている[6]

また、飯沢耕太郎によれば、本作は日本におけるシークエンス写真のきわめて早い実験例として評価されている。アメリカの写真家デュアン・マイケルズが本格的にシークエンス作品を発表しはじめるのは1960年代後半であり、本作はそれより10年以上早い[4]。 そのため本作は、写真を視覚的な物語の媒体として用いる戦後写真表現の先駆的作例の一つとされ、戦前の前衛写真史にとどまらず、戦後日本の写真と現代美術の連続性を考えるうえでも重要な参照点となっている[3]

マグリットとの関係

本作は、ルネ・マグリットの《新聞を持つ男》を参照しつつ、写真の手法によって再構成された作品としても位置づけられている。山本は、ジュリアン・レヴィ編の『Surrealism』(1936年)に掲載されたこの絵を自らのノートに写し取り、そこに付されていた別題「Now You Don't」も書き写していた。この絵はのちに本作の着想源の一つとなり、四コマ的な構成と、室内から人物が消えていく設定が写真の言語へ置き換えられた[1]。 その一方で、本作はマグリットの単なる反復ではなく、消失と空気感の表現を写真の手法によって独自に展開した作例として扱われている[5]

所蔵

関連項目

脚注

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