立岩遺跡
福岡県飯塚市の弥生時代遺跡群。
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概要
遠賀川の上流、嘉穂盆地を臨む立岩丘陵上には、弥生時代の遺跡が数多く分布しており、総称して立岩遺跡または立岩遺跡群と呼ばれている[4][5]。甕棺墓群の立岩堀田遺跡を中心として、立岩・焼ノ正遺跡(たていわ・やけのしょういせき)や立岩運動場遺跡(たていわうんどうじょういせき)などがあり、1933年(昭和8年)の市営グランド造成工事で立岩運動場遺跡が発見されたことを契機として、九州帝国大学の中山平次郎が学会に紹介した[4]。
1963年(昭和38年)から1965年(昭和40年)にかけての立岩堀田遺跡における発掘調査では、甕棺墓43基・貯蔵穴26基が検出され、甕棺内から前漢時代の銅鏡10面をはじめ、鉄製の剣・戈・鏃・釶(やりがんな)、銅矛が出土した。また大量のガラス製や南海産ゴホウラ貝製の装身具類なども検出された[1][5]。