立江城 From Wikipedia, the free encyclopedia 城郭構造 平山城築城主 小笠原兼幸築城年 天正年間(1573年 - 1591年)主な城主 小笠原氏logo立江城(徳島県)城郭構造 平山城築城主 小笠原兼幸築城年 天正年間(1573年 - 1591年)主な城主 小笠原氏テンプレートを表示 立江城(たつえじょう)は、徳島県小松島市立江町清水にあった日本の城。 天文18年(1549年)、信濃国の林城にいた小笠原長時は、武田信玄に敗れて紀伊国に逃れた。 阿波国で勢力のあった三好氏の招きにより、息子である小笠原長幸が、現在の徳島県小松島市大林町中村にあった中村城に残った。 弘治年間(1555年 - 1557年)、中村城を立江城に移転。 天正年間(1573年 - 1591年)、長幸の息子である小笠原兼幸が居館を構えるべく、立江城を築城した。(一説には長幸のときに立江城を築城したとも云われている。) また兼幸は、秋元氏と婚姻関係を結びながら勢力を拡大していった。 関連項目 徳島県の城 日本の城一覧 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles