立石海神社

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所在地 奈良県吉野郡下市町大字立石1260
位置 北緯34度21分14.0秒 東経135度49分51.7秒 / 北緯34.353889度 東経135.831028度 / 34.353889; 135.831028 (立石海神社)座標: 北緯34度21分14.0秒 東経135度49分51.7秒 / 北緯34.353889度 東経135.831028度 / 34.353889; 135.831028 (立石海神社)
主祭神 八大龍王
創建 永禄8年卯月(1565年5月頃)
立石海神社

本殿 (2011年4月撮影)

本殿 (2011年4月撮影)
所在地 奈良県吉野郡下市町大字立石1260
位置 北緯34度21分14.0秒 東経135度49分51.7秒 / 北緯34.353889度 東経135.831028度 / 34.353889; 135.831028 (立石海神社)座標: 北緯34度21分14.0秒 東経135度49分51.7秒 / 北緯34.353889度 東経135.831028度 / 34.353889; 135.831028 (立石海神社)
主祭神 八大龍王
創建 永禄8年卯月(1565年5月頃)
地図
立石海神社の位置(奈良県内)
立石海神社
立石海神社
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立石海神社(たていしかいじんじゃ)は、奈良県吉野郡下市町に鎮座する神社である。

(主祭神)八大龍王 (石神)金山毘古命 (稲荷)椿大神

歴史

永禄8年卯月(1565年5月頃)下立石に龍王宮社として上棟され祀られた。神仏分離令を受け1874年明治7年)8月19日に上立石の石神社(いしがみ)と合併遷座し今に至る。

海を名にしているがこれは廃仏毀釈の影響から仏神「八大龍王」を村に残すため神道系の水神「ワタツミ」「綿津見神」に言い換えたものであって、海とは直接かかわりなく『大和下市史』続編の編纂内容は誤りである[独自研究?][要出典]

伝承

立石の地は元々吉野山金峯山寺の影響を受ける山岳修験道に関係した地域で、山上ヶ岳に通ずる行者の抜け道であった。

洞川の龍泉寺(八大龍王)に代わり龍王宮社、吉野山奧千本の金峯神社(金山毘古命)に代わり石神社に立ち寄り山上を目指したと考えられる[独自研究?]。この地で亡くなった修験者の墓石も山中に残されている。

八大龍王

下立石龍王宮社から遷座、当時の人々が仏神を後世に残すため知恵を絞り苦労したと伝えられている。

石神(金山毘古命)

神仏分離令で一村一社とされた頃、上立石から吉野山へ抜ける道中の谷に鎮座されていた御神体(丸石)が土砂崩れにより埋もれてしまった。山師の一人が石神信仰の衰退を危惧し八大龍王と合祀されることとなった。

椿大神(稲荷社)

稲荷さん、椿さんと呼ばれ本社神の眷属的な神とされているが、椿神自身も大神である。1998年(平成10年)9月の台風7号で稲荷社が大破、御神体が行方不明となったため、当時の宮総代(役員)らが「稲荷さんがおらんようになった」と勘違いし伏見稲荷大社から分祀した。このため現在稲荷社には椿大神と宇迦之御魂神(分身)の2柱が鎮座している。2020年(令和2年)には社殿内に宝寿が奉納された。

祭事

備考

参考文献

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