立花俊道
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佐賀県杵島郡南有明村(現・白石町)生まれ。東京英語専修学校(立教大学の前身校の一つ)で修学[1]。1905年(明治36年)曹洞宗大学(現・駒澤大学)卒業。宗門海外留学生としてセイロン(現スリランカ)に渡り、コロンボ市ピデョーダヤ・カレッジ(ピヂョノダヤ・カレッジ )でパーリ語や梵語(サンスクリット)、原始仏教を学ぶ。1919年(大正8年)インドシナ、タイ、ビルマなどを経て英国オックスフォード大学に留学。1922年、同大学にて哲学博士号を取得(研究成果は1926年「The Ethics of Buddhism」として出版)し帰国。曹洞宗大学、駒澤大学、東洋大学、早稲田高等学院の講師、教授を歴任。
1937年(昭和12年)駒澤大学学長に就任。1941年に退任、名誉教授。1945年、学長に再任し1947年まで務めた[2]。八王子市の松門寺26世住職[1]。著書に「巴利語文典」「校註正法眼蔵随聞記」「原始仏教と禅宗」「考証釈尊伝」「仏教の要諦」など[3]。