竹乙女

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竹 乙女(たけ の おとめ、生年不明 - 神護景雲3年2月15日(769年3月27日))は、奈良時代中期・後期の女官孝謙天皇の乳母の1人。、のち宿禰官位従四位下勲四等。氏は多気、名は弟女とも表記される。

「竹首」は伊勢国多気郡の豪族。正史および同時代の史料には現れていないが、在地では勢力を持っていたらしく、天暦7年(953年)2月の「伊勢国近長谷寺資財帳」末尾の天徳2年(958年)12月の郡判の奥書に、大領外正六位上竹首元勝の名が見える[1]

経歴

天平勝宝元年(749年)7月、孝謙天皇の即位とほぼ同時に、ほかの天皇の乳母(阿倍石井山田比売島)とともに従五位下を授けられている[2]

その後、時期は不明だが、から宿禰姓に改姓している。天平宝字5年(761年)6月、光明皇太后国忌御斎への伴奉の労により、従五位上に昇叙[3]天平神護元年(765年)正月、藤原仲麻呂の乱における論功により、従四位下勲四等に叙せられる[4]

神護景雲3年(769年)2月没[5]。孝謙(称徳)天皇の乳母の中では、比較的後の時代まで存命であった。

官歴

脚注

参考文献

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