竹内佐太郎 From Wikipedia, the free encyclopedia 竹内 佐太郎(たけうち さたろう、1875年(明治8年)1月3日[1] - 1966年(昭和41年)12月6日[2][3][4])は、日本の裁判官、検事。 富山県下新川郡入善町出身[1]。1903年(明治36年)、東京帝国大学法科大学英法科を卒業し[5]、司法官試補となる[1]。浦和地方裁判所判事、東京区裁判所判事、長野区裁判所検事、東京区裁判所検事、東京地方裁判所検事、和歌山地方裁判所検事正、高知地方裁判所検事正、神戸地方裁判所検事正、横浜地方裁判所検事正を歴任[5]。その後、台湾総督府法院に転じ、高等法院検察官長、高等法院長を務めた[5]。 1935年(昭和10年)、広島控訴院検事長となった[5]。1937年(昭和12年)に退官した後は弁護士を開業した[5]。 脚注 1 2 3 帝国法曹大観 1915, p. 150. ↑ 「竹内 佐太郎氏(元台北高等法院長、広島控訴院検事長)」『朝日新聞』1966年12月7日、11面。 ↑ 「竹内佐太郎氏(東京家裁調停委員、元広島控訴院検事長)」『読売新聞』1966年12月7日、11面。 ↑ 「竹内 佐太郎氏(東京家裁調停委員)」『毎日新聞』1966年12月7日、11面。 1 2 3 4 5 人事興信録 1943. 参考文献 人事興信所編『人事興信録 第14版(下)』人事興信所、1943年。 『帝国法曹大観』帝国法曹大観編纂会、1915年。 Related Articles