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竹本由紀夫

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1956-08-01) 1956年8月1日(69歳)
身長
体重
183 cm
73 kg
竹本 由紀夫
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 静岡県伊東市
生年月日 (1956-08-01) 1956年8月1日(69歳)
身長
体重
183 cm
73 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1980年 ドラフト1位
初出場 1981年5月27日
最終出場 1984年8月11日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

竹本 由紀夫(たけもと ゆきお、1956年8月1日 - )は、静岡県出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。

修善寺工業高では2年からエースとして活躍、3年生となった1974年夏の県大会では準決勝に進出するが、清水市商高に逆転負け、甲子園には届かなかった。県内では高橋三千丈(静岡商~明治大~中日)と共に将来性豊かな投手だった。

高校卒業後は、社会人野球の新日本製鐵室蘭に入団。1979年の都市対抗ではエースとして投げ、高梨英夫(大昭和製紙北海道から補強)が放った当時の通算新記録となる決勝ホームランなどもあり、ベスト8に進出。また、第4回インターコンチネンタルカップ日本代表に選出され、日本の準優勝に貢献した。同年のドラフト会議でロッテオリオンズから1位指名を受けるが入団を拒否した。

翌1980年、第26回アマチュア野球世界選手権の代表に選ばれキューバ戦などで好投、都市対抗では大昭和製紙北海道の補強選手として出場。初戦では、世界選手権代表の長谷部優を擁する松下電器と対戦。4回からリリーフとして登板し、5-4と逃げ勝つ。準々決勝では東芝府中と戦い、高梨の新記録となる通算8号ホームランを放ち先制すると8回にも高梨が決勝打を打ち浜師勝彦との室蘭リレーで勝ちベスト4に進出した。同年は、石毛宏典(プリンスホテル→西武)、原辰徳(東海大→巨人)とともに御三家として注目を集め、ドラフト会議でヤクルトスワローズから1位指名を受け入団した[1]。

当初は右腕の本格派で、社会人ナンバーワン右腕として即先発ローテーション入りを期待されたが、結局1勝も挙げることができず1984年に引退[1]。わずか4年でプロ野球生活の幕を閉じた。

引退後は飲食店経営に携わるなどしたが失敗が続き、2010年の時点で消息が掴めていない[2]。

詳細情報

年度別投手成績

年

度
球

団
登

板
先

発
完

投
完

封
無
四
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勝

利
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丨
ル
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打

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振
暴

投
ボ
丨
ク
失

点
自
責
点
防
御
率
W
H
I
P
1981 ヤクルト 172000030--.00012929.02821613200016123.721.52
1982 31000000------5414.1915001010553.210.98
1983 122000010--.00011224.02861201181120176.381.67
1984 51000010--.000235.141410400446.751.50
通算:4年 376000050--.00031872.269103724522145384.711.46

記録

背番号

  • 15(1981年 - 1984年)

脚注

関連項目

外部リンク

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