竹浪正造

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死没 (2017-10-12) 2017年10月12日(99歳没)
出身校 青森県立木造中学校 (旧制)
職業青森県北津軽郡鶴田町議会議員
たけなみまさぞう
竹浪正造
生誕 (1918-06-04) 1918年6月4日
日本の旗 青森県北津軽郡鶴田町
死没 (2017-10-12) 2017年10月12日(99歳没)
出身校 青森県立木造中学校 (旧制)
職業青森県北津軽郡鶴田町議会議員
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竹浪 正造(たけなみ まさぞう、1918年6月4日 - 2017年10月12日[1])は日本絵日記作家政治家で元青森県北津軽郡鶴田町議会議員。

第二次世界大戦中、当時の上官から「いつもノートを持って歩け。記憶よりも記録だ」と指示を受けたことをきっかけに1945年8月、終戦に伴う引き揚げの記録を当時妊娠中だった長女、そして子孫たちへ遺すためのメモ書きからはじまり、その後1954年12月、2歳になった自身の長男のやんちゃな発想や行動を記録しようと、本格的にマンガ絵日記をつけ始める。以降、1日も欠かさずに続け、2011年10月時点で、その数は大学ノートで2300冊ほどに達していた。

青森県北津軽郡鶴田町生まれ。1936年県立木造中学校(現在の県立木造高等学校)を卒業し、翌1937年南満州鉄道に入社。その後関東軍に入隊し、招集を受けて朝鮮で鉄道建設作戦にあたる。1937年9月に帰国。1946年から1987年まで東北電力、東北電広社に勤務。鶴田町議会議員を4期、16年10カ月務める。勲六等瑞宝章、瑞宝双光章を受賞している。

2017年10月12日、老衰のため逝去、99歳没。

エピソード

主な作品

出典

外部リンク

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