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第15回国民体育大会

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第15回国民体育大会(だい15かいこくみんたいいくたいかい)は、1960年に開催された国民体育大会である。

開会式
臨席する昭和天皇・皇后

持ち回り開催に関する修正閣議決定

1954年以来続いた持ち回り開催に関する議論に関し、本年7月8日の閣議において下記の方針が決定された。

  1. 国家的体育行事として毎年開催する。
  2. 原則として持ち回り開催とする。
  3. 財政再建団体の府県では開催を認めない。
  4. 開催にあたり、選手役員の人数を適正化すること。
  5. 開催計画の事前承認化。

概要

さらに見る 季, 期間 ...
季 期間 開催地 競技数 参加者数
冬1960年1月21日 - 1月24日長野県本郷村11,142
1960年2月19日 - 2月22日長野県山ノ内町11,461
夏1960年9月24日 - 9月27日熊本県熊本市32,744
秋1960年10月23日 - 10月27日熊本県
鹿児島県鹿児島市
2815,011
合 計3320,358
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冬季大会

概要 冬季大会スケート競技会, 開催地 ...
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スケート競技会

第15回国民体育大会冬季大会スケート競技会は、1月22日~1月25日に長野県本郷村 (現松本市)で開催された。[1]

実施競技・会場一覧

さらに見る 競技名, 会場地 ...
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スキー競技会

第15回国民体育大会冬季大会スキー競技会は、2月19日~2月22日に長野県山ノ内町で開催された。

夏季大会、秋季大会

総合成績

天皇杯

  • 1位 - 東京都
  • 2位 - 熊本県
  • 3位 - 愛知県

皇后杯

  • 1位 - 東京都
  • 2位 - 愛知県
  • 3位 - 熊本県

備考

現在使われていない歴史的な旗熊本県旗(国体用)

当大会の開催時、熊本県は県旗を制定していなかったため国体実行委員会が臨時に国体用県旗を制定した[2]。また、大戦中の1942年(昭和17年)に制定された「菊池盡忠の歌」が1946年(昭和21年)に連合国最高司令官総司令部(GHQ/SCAP)の命令で演奏を禁止されて以降は存在していなかった県民歌を新たに作成することになり「熊本県民の歌」(作詞・坂井秀雄、作曲・出田憲二)が制定された。

国体用県旗は大会の閉幕後に使用されなくなり、6年後の1966年(昭和41年)に現在の県旗が制定されているが「熊本県民の歌」は県に引き継がれ、39年後の1999年(平成11年)に第54回くまもと未来国体で再び演奏された。

脚注

参考文献

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