沖縄および日本本土などへの上陸戦を行うために編成された。前身は1944年5月に編成された第1海兵臨時旅団(1st Provisional Marine Brigade)。第1海兵臨時旅団(第4、第22海兵連隊基幹)は1944年7月にグアムの戦いに投入されており、その後1944年9月にガダルカナル島で第29海兵連隊を加え、3個歩兵連隊基幹の師団編制としたものである。この師団は、アメリカ国外で編成された唯一の海兵隊師団となっている。
那覇市内で索敵を行う、第6海兵師団の兵士(1945年)
師団は1945年4月1日に第3水陸両用軍団の一部として、沖縄本島に上陸、4月下旬までは本島北部で戦闘を行った。その後、南部へも投入されシュガーローフの戦いにも加わっている。沖縄戦終了後の7月にグアム島へ後退し、再編成を行っている。ダウンフォール作戦の一環であるコロネット作戦(1946年4月予定)において、九十九里浜に上陸する計画となっていた。その前に日本が降伏し、戦争が終結したため、第4海兵連隊は東京へ送られ占領任務に、他の部隊は中国の青島に送られ、降伏した日本軍将兵の受け入れ任務にあたった。その後、師団は1946年4月に中国にて解隊している。